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全力女王!~気高き幼女は死神に見捨てられたのか?~  作者: XI


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55/575

第55話 どうして今まで放っておいたのか。

       ◆◆◆


 小さな鼻眼鏡をつけ、黒くて平べったい帽子を頭にのせ、祭服のような黒い衣装をまとっている側仕えの老人。


 彼の名はノバクという。


 ノバクが今の職に就いてから、もう久しい。

 四十年くらいにもなる。


 その間ずっと、スフィーダのそばでなんらかの業務に従事しているわけだが、彼女は彼がどういったことを専門としているかまでは知らない。

 なにか事務処理的なことが得意なのではないか。

 なんとなく、そんなふうに予測しているだけだ。


 そんなノバクの現在の仕事の一つが、日々訪れる謁見者の対応である。

 玉座の間に通じる大扉の前に立ち、彼らを順番に通すのは彼の役割なのだ。


 謁見の場を設けてもらう以前、スフィーダは暇を持て余していた。

 とにかく時間だけはあったので、暇潰しがてら、彼女はしばしばノバクとチェスに興じた。


 二千年以上生きているスフィーダより、ノバクのほうが強い。

 彼女は一度も勝ったことがない。

 ぎゃふんなのだ。


 ノバクとはそれなりに仲良しだと、スフィーダは認識している。

 だが、彼女には知らないことがある。

 声を知らないのだ。

 なんと、彼がしゃべっているところに出くわしたことがないのである。


 ここのところ、謁見者とのコミュニケーションが日常となっているわけであり、そのことがとりわけ楽しいわけであり、暇だと感じる瞬間も激減したわけであり、だからその事実に改めて気づかされたのは最近のことだ。


 不思議なもので、気がつくと気になってしょうがなくなった。

 だから、スフィーダ、ノバクにアプローチしてみようと考える次第である。




       ◆◆◆


 夕方。


 スフィーダの本日の仕事が終わったところで、ノバクが玉座の間に入ってきた。

 ゆっくりと歩みを進め、所定の位置まで来ると、一礼だけして踵を返す。

 立ち去ろうとする。


 スフィーダは「これ、ノバクよ、待つのじゃ」と呼び止めた。

 するとノバクは、やっぱりゆっくりと身を翻した。


 ノバクはなにも発しない。

 なにか御用でございますか?

 それくらいは言ってもよさそうなものなのに。


 四十年ものあいだ、口をつぐんできた。

 

 それほどまでに謎めいたことを、どうして今まで放置していたのだろう。

 反省したくなるスフィーダである。


「ノバクよ、おまえはどうしてしゃべらんのじゃ?」


 玉座の上のスフィーダのことを、ノバクはつぶらな瞳で、じっとじっと見つめてくる。

 あまりにじっと見てくるので思わず身を引いてしまったが、これではいけないと思い、彼女はすぐに背を正した。


「な、なにかしゃべってくれぬか?」


 無言のノバク。


「しゃ、しゃべってほしいのじゃ」


 やはり無言のノバク。


「しゃしゃ、しゃべってくれ。頼む」


 すると――。


「承知いたしました」


 手を合わせてお願いのポーズをとっていたスフィーダは顔を上げた。

 ノバクは微笑んでいた。


「お、おぉぉ、やっと口を開きよったか」

「お望みとあれば、お応えしないわけにはまいりません」

「なぜ、今までわしの前では口を利かなかったのじゃ?」

「陛下になにかを申し上げるなど、恐れ多くて、とても、とても」

「そんな理由じゃったのか?」

「はい」

「なんじゃ、それは」


 拍子抜けしてしまった。

 肩も垂れ下がるというものだ。


「じゃが、そなたのことを気にも留めずにいたわしに原因があるとも言える。本当に名前しか知らなかったのじゃ」

「それでよかったのでございます。私は影のような存在を望んでおりますゆえ」

「いや、だったとしても、わしは心配りに欠けておった。本当にすまんかった。この通りじゃ」


 スフィーダは深々と頭を下げた。


「こちらこそ、陛下にお気を遣わせてしまったようで、申し訳ございません」

「よいのじゃよいのじゃ。おまえは頭など下げるな。して、ノバクは何歳なのじゃ?」

「六十九でございます」

「おぉ、結構行っておるな」

「陛下に比べれば、まだまだでございますが」

「老後を満喫しようとは思わんのか?」

「できるだけ長く、お仕えさせていただきとうございます」

「そう言ってもらえると嬉しいのじゃが、そなたの細君はどう思っているのじゃ?」

「日々の陛下のご様子を話すだけで、妻はころころと笑って喜ぶのございます。私は陛下のおそばをゆるされたことを、本当に嬉しく感じているのでございます」

「そうか。おまえが嬉しいのであれば、わしも嬉しいぞ」

「そうなのでございますか?」

「うむ。これからも、よろしく頼む。体にだけは気をつけるのじゃぞ?」

「承知いたしました」


 そして、ノバクは去っていった。


 玉座のかたわらに控えているヨシュアが、「実のところ、彼の役割については、あとがつかえているのでございます」と言った。


「そうなのか?」

「陛下の側仕えなど、人気があって当然でございましょう? 陛下ご自身が人気者であらせられるわけですから」

「なるほどの。確かに、わしは人気者じゃ。はっはっはじゃ。はっはっはなのじゃ」


 そのとき、ちっと舌を打ったような音が耳に届いて……。


「ななっ、ヨ、ヨシュアおまえ、今、舌打ちせんかったか?」

「気のせいでございます」

「し、したぞ? 絶対にしたぞ?」

「気のせいでございます」

「わ、わしが人気者だと気に食わんのか?」

「気のせいでございます」

「それしか言えんのか!」

「気のせいでございます」


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