第548話 ヤオディ、その四。
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左にピット、右にミカエラを従え、スフィーダはヤオディの空を飛んでいる。
「ヤオディ、メモってたんじゃないんスか?」
ピットにそう訊かれた。
一度、訪れたところには移送法陣で飛ぶことができる。
スフィーダがそれをしなかったことから、ピットは疑問に思ったのだ。
「訪れたこともあるのかもしれんが、記憶にないのじゃ」
「無責任じゃないっスか、それって」
スフィーダは苦笑した。
「確かにそうじゃな。立場上、わしは自分の足取りくらいはわかっとらんといかん」
ミカエラにぽかっと頭を叩かれた、ピットである。
「い、いてーな。なにすんだよ」
「それ本気で言ってんの? だったらアンタ、スフィーダ様と入れ代わってみなよ。舐めた口を利くな」
「わ、悪かったよ」
「謝る相手はあたしじゃない」
ピットが「申し訳ありませんでした」と頭を下げたので、スフィーダは笑顔を作った。
二人とも、なにを言ってもかわいい年頃なのである。
「ミカエラ、今さらなのじゃが、露払いはどうなっておる?」
「問題ありません。心配なさらないでください」
はっきりとそう言えるあたりに、ミカエラの成長を感じずにはいられない。
「ラオシじゃったか」
「そうです。ラオシです。もはやかかしのような人物ですけど」
「そう言うな。一国の軍を預かるにまで至った男じゃ。ヨシュアと同じじゃ」
「確かにそうですね。失礼しました」
「実は若干、浮かれておる。楽しみじゃのぅ」
ピットもミカエラもクスクス笑った。
のんびり屋さんのスフィーダが、おかしかったらしい。
◆◆◆
カーキ色の鎧に身を包んだ老兵に出くわした。
スフィーダらと同様、ぷかぷかと宙に浮いている。
彼我の距離は三十メートルほど。
「スフィーダ様ですな!!」
思わず背筋をピンと正してしまうくらい、大きな声だった。
スフィーダの経験上、声が大きな男には名将が多い。
彼もそれに違わずと言ったところではないか。
スフィーダも負けずに「そうじゃ! わしがスフィーダじゃ!!」と大きく発した。
「ここでやるのか! かまわんぞ!!」
「誰が戦争をしたいと申しましたか!!」
「実際に我々は戦争をしておるではないか!!」
「ラオシです!!」
「んなこたわかっておるわ!!」
「私は年寄りなので、あまり大きな声を出させないでください!」
「わかった! どこに行けばよいのじゃ!!」
「ついてきていただきたい!」
ピットとミカエラを引き連れ、ラオシの指示通り、スフィーダは地に下りたのである。
◆◆◆
白い陣幕の内へと案内された。
折り畳み式の簡易な椅子に促された次第である。
「すみませんな。気の利いた場所ではなくて」
ラオシはそう謝ってみせた。
ラオシ。
白髪頭の、まさに老兵である。
七十は過ぎているのではないか。
元気のよい振る舞いから、我らが中将、リンドブルムと似通った感じを受ける。
老獪な感はあまりない。
真面目そうで、正直そうだ、誠実そうでもある。
「わしに会いたいと言ったそうじゃな。そこにはどんな意図があるのじゃ?」
「ただひたすらにお会いしたかったんです。スフィーダ様、貴女に」
「そう言われて悪い気はせんが」
ラオシとは、老いた師という意味です。
彼はそう言った。
「本名か?」
「いえ。年を食ってから、そう呼ばれるようになりました」
「師とされるくらいじゃ。優秀なのじゃろうの」
「過ぎた二つ名だと思っているのですが」
「面会を望んだ理由は、本当にそれだけなのか?」
「そうですよ。噂通り、やはり美しいですな」
「感謝の弁でも述べればよいのか?」
「まさか」
肩をすくめてみせた、ラオシ。
スフィーダは眉をひそめた。
「我が軍も、我が国も、近いうちに沈む。それくらいはわかっておるのです」
「じゃったら、なにがしたい?」
「私どもは戦い抜いての死を望む。総意でございます」
「よいのじゃな?」
「かまいません。貴軍に一矢報いてやる所存」
スフィーダの左に控えているピットが、左足を踏み出した。
「おい、じじい。一矢もなにもねーよ。舐めてんじゃねーぞ」
「十人でかかれば、一人くらいは殺せるだろう?」
「殺らせねーって言ってんだよ」
「ピット」
「るせーよ、ミカ。このじじいは余裕ぶってやがる。カッコつけようとしてやがる。気に食わねーんだよ」
ラオシは苦笑じみた表情を浮かべ、息をついた。
「そうだよ、坊主。俺はおまえさんらにゃあ敵わねーよ。最後なんだ。カッコくらいつけさせてくれや」
「それでヒトが死ぬってんなら、俺はアンタのことを全力で否定してやる」
スフィーダは一つパンと手を打つと、椅子から腰を上げた。
「もういい。やるぞ。フェアにやるぞ。わしは出ん。ヒトに預けることにする。ヤオディの最期、見届けさせてもらうぞ」
「ええ。私の生き様を知っておいてください。以上、ラオシでございました」
立ち上がると、ラオシは深々と礼をしてみせた。




