第543話 失恋のリヒャルト。
◆◆◆
「メグ・シャイナ首相に会ってまいります」
「へっ? 今さらか?」
「それ相応の態度、あるいは姿勢を見せていただきます」
「おまえが出てしまってよいのか?」
頭のてっぺんをヨシュアにぐしぐしと撫でられる。
玉座に座っていると、最近、たびたびこうした瞬間が訪れるのだ。
そのたび、侍女らがクスクスと笑うことも当たり前になりつつある。
「フォトンを首都のど真ん中の直上で待機させています。宙に浮きつつあぐらでもかいていることでしょう。言わずもがな、彼だってわかっています。これは大げさな罠であり、それを仕掛けてきたのはリヒャルト閣下だと」
スフィーダは、腕組みをした次第である。
「事情はわかった。ヨシュアよ、わしはどうしたらいい?」
「それくらい、ご自分でお考えいただきたいのですが?」
「まあ、そうなのじゃろうが……」
ヨシュアはにこりと笑った。
「陛下のお姿は、もうそれだけで威圧感たっぷりです。ぜひともフォトンの戦いぶりを観てやってください。仮に、あくまでも仮の話ですが、劣勢の際には、陛下がリヒャルト閣下を焼けばいい」
「それはフォトンが望まん話だと思うのじゃが?」
「戦略的な話です。フォトンが文句を言うようなら、私が言って聞かせます」
こくりと頷いた、スフィーダである。
「あいわかった。首都は任せろ」
「姿を見せるだけで民に安堵を与えられるのが陛下です。そのへんも踏まえて、がんばってくださいませ」
ヨシュアはまたにこりと笑った。
◆◆◆
スフィーダは表に出た。
城をあとにしたのである。
空をゆく。
地上には飛び切りの兵士が見える。
ケイオスとルナのことだ。
どうやら、彼らがしっかりと働いているようだ。
なにせ一騎当千の二人である。
簡単には負けようがない。
賢いので、そうそうミスもしないのだ。
もとより大軍というわけでもないらしい。
赤備えらと黒の騎士らが戦う様子は見応えがある。
敵の指揮官たるリヒャルトといえば。
スフィーダはこっそり、フォトンの背に近づく。
宙を滑って進むのだ。
そのうち、ガィンッとなにかに鼻からぶつかった。
フォトンがいきなり薄紫のバリアを張ったのだ。
近づいてくるなということだ。
どうしたらいいだろう。
自分はまずはどうしたらいいのだろう。
考えた結果、街のすべてを覆う平たいバリアを生成した。
これで大丈夫なはずだ。
正しい行動であるはずだ。
地上付近の敵はケイオスとルナが始末すればいい。
空に浮いている魔法使いは自軍の兵が仕留めればいい。
あぐらをかいた状態から、よっこらせといった感じで、フォトンが立ち上がった。
彼の前方には、”恐怖の白”と呼ばれる白き騎士がいる、リヒャルト・クロニクルだ。
リヒャルトがなにか言ったように見えた。
対してフォトンはというと、彼はもはや口が利けない。
突っ掛かったのはリヒャルトだ。
背の鞘からゆっくりと抜いた分厚い大剣で、フォトンはそれを受けた。
リヒャルトが宙を滑り、下がる、力に押されてだ。
膂力では勝てないことを、”恐怖の白”は知っている。
しかし、剣技に関しては一日の長があることも自覚している。
リヒャルトの声は大きい。
「私を屠れるはずだ! フォトン少佐! 君はなぜそうしない!!」
フォトンはなにかを否定するようにして、首を横に振った。
「なにかが違う気がする。なにかがずれている気がしてならない。君と出会って以来、私は愉快だ。だが、価値観が決定的に異なっている。違うかね?」
リヒャルトは落ち込んだような顔をした。
スフィーダは大声で「残念じゃったなーっ!」とリヒャルトに言ってやった。
すると、「そうですね。日が悪かったようだ」と返ってきて。
たった一度の、たった一瞬のぶつかり合いで悟ったらしい。
今日のフォトンにはその気がないということを。
すーっとフォトンの隣にまで宙を滑った、スフィーダ。
相変わらず鋭すぎる怖い目をしている彼だが、まもなくして大剣を鞘に収めた。
「これからどうなる? そのへん、聞かせろ、リヒャルトよ」
「ヴィノー閣下に訊けば済む話かと」
「おまえの口から聞かせろ」
「また、豪胆な」
「やかましい」
どこからともなく、リヒャルトの隣に彼の部下である、シオン・ルシオラが飛んできて、その隣に並んだ。
「スフィーダ様、我が国に手を貸すと言われて、ヤオディにはなんのリスクもない。後ろ盾を得たというだけなのですから」
「ブレーデセンなどはなから眼中にないということか?」
「結論としては、そうなります」
「痴れ者めが」
「私に権利を認める曙光という国がおかしいのですよ」
では。
そう残して、リヒャルトとシオンは身を翻した。
口は利けないながらも、舌くらいは打つ。
フォトンにだって、そんな瞬間はあっていいだろう。
「やはり沈めたいのか?」
フォトンはかぶりを振ってみせた。
「沈めたくないのか?」
フォトンは肩をすくめてみせた。
まったく、気まぐれな男である。
だからこそ、魅力的なのだが。




