第54話 よくできました。
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見事に晴れ渡った、その日。
プサルムと曙光。
真っ白なクロスが敷かれた長いテーブルを挟んで、両国の代表が向き合っている。
スフィーダの左にはアーノルドが、右にはヨシュアが座っている。
そして彼女の正面には、リヒャルト・クロニクルの姿がある。
リヒャルト・クロニクル。
がっちりとした体格の、大きな男だ。
年齢は三十代のなかばくらいだろうか。
壮年という表現が、非常にしっくりくる。
”恐怖の白”なる異名の通り、長い髪は白く、薄い装甲の鎧も白い。
マントだけは真紅だ。
リヒャルトの左隣には、赤い魔法衣姿の若い女。
目を閉じたままでいるが、どういうつもりなのか。
まさか眠ろうとしているわけではないだろうが。
ショートに整えられた浅葱色の髪が美しく映る。
さて、会談に際し、誰が口を切るのだろう。
そんなふうに思っていると、リヒャルトが「スフィーダ女王陛下。お目にかかれたこと、改めて、光栄に思います」と発した。
さすが曙光の将軍とでも言うべきか、威風堂々とした振る舞いである。
低い声にも威厳が感じられる。
一方のスフィーダであるが、彼女は彼女で「こちらこそ、クロニクル閣下にお会いできて、嬉しく思います」と礼を尽くす格好の受け答えをした。
まずは出方を見ようという考えに基づいた大人の対応だったのだが、リヒャルトときたら「スフィーダ様には、ぜひともスフィーダ様らしくあっていただきたい」などと注文をつけてきた。
ならばと思い、すぐに頭を切り替えたスフィーダである。
彼女はテーブルに頬杖をつき「して、何用じゃ、リヒャルトよ」と、それこそ自分らしく訊ねてやった。
「否。先にわしのほうから言の葉を紡ごう。この会談は委任状あってのことか?」
「と、いいますと?」
「ダインの指示かと訊いておる」
「そう考えていただいて結構です。私が述べることは、すべてダイン皇帝陛下のお言葉だと捉えていただきたい」
「怪しいものじゃのぅ。実のところ、奴めは外交や侵略戦争になど興味がないのではないのか?」
「これは異な事。スフィーダ様、貴女は穿った見方をする」
「そうでもないと思うがの。それで、具体的な議題はなんなのじゃ? 化かし合いは好かんぞ、わしは」
「アーカムの取り分について、議論させていただきたい」
「は? なんじゃと?」
さすがのスフィーダも面食らった。
「曙光にはアーカムを滅ぼす意志があるということか?」
「そうです」
「なぜ、我が国にそのような提案を寄越すのじゃ? プサルムとアーカムは同盟国同士なのじゃぞ?」
「しかし、けっして仲がよいわけではないとのお噂」
「国と国との関係にはなんの問題もない。わしとネフェルティティの折り合いが少々悪いというだけじゃ」
「個人の問題が原因で戦争となった事例はいくつもある。そうでなくとも、ネフェルティティ女王はたいそうな野心家だと伺っておりますが」
「されど、ぶつかり合うほどではない」
「みやげがあります」
「申してみよ」
「グスタフを差し上げます」
「国をモノみたいに言うでない」
「不服ですか?」
「不服もなにもあったものか。そもそも貴様らは――」
「ビーンシィの件は残念でした。国主のカタリーナ氏。彼女を殺すまでは、せずともよかった」
「手出しをしておいて、今さらなにを抜かすか!」
「声を荒らげず、どうか冷静に考えていただきたい」
「わかっておるわ。条件を飲まねば、いずれは我が国に攻め入るというのじゃろう?」
「おっしゃる通りです」
「かかって来いとは言わぬ。じゃが、プサルムはただでは滅びんぞ?」
「それでも、国力の差は埋めようがない」
「やかましいと、言っておるのじゃ」
微笑を浮かべながら話していたリヒャルトだが、彼はその笑みをますます深くしてみせた。
「やはりスフィーダ様には骨がある」
「言っておくぞ。グスタフはやがて滅びる」
「カタリーナ氏の子息であるラース氏。彼が黙っていないとおっしゃるのですね?」
「その通りじゃ。ラースが立った日には、我が国も手を貸すことじゃろう」
「ヴィノー閣下とセラー首相がなにもおっしゃらないところを見るに、それは貴国の総意だと?」
「そういうことじゃ」
「やり合える日を楽しみに待つことにいたします。私としては、またフォトン・メルドー少佐と戦いたい」
「フォトンが貴様などに負けるはずがない」
「確かに、彼は見所のある若者です。さすがは、ダイン陛下に迫った男」
「最後に聞かせろ」
「なんなりと」
「カナは本当にダインを生んだのか?」
「それはわかりません。ですが、皇帝陛下が若さを保ったまま、ヒトにはあり得ぬ生を謳歌されていることは事実です」
「カナはどうしておる?」
「カナ様には、私もお目にかかったことがありません」
「わかった。リヒャルトよ、もう帰ってよいぞ」
「またお会いできれば嬉しく思います」
「黙れ。この不届き者めが」
◆◆◆
会談の終了後、ヨシュアとアーノルド、それにスフィーダは部屋に残った。
普段、あまり表情を変えない二人なのに、彼らは少し難しい顔をしている。
だからスフィーダは言いすぎたかなと、今になって反省したくなってきた。
というか、猛省しなければならないのではないかと心配になってきた。
「や、やはり、まずい対応だったかの? ちょっとやりすぎじゃったかの?」
するとヨシュアは「いえ。まずくはございません」と答え、アーノルドは「私もそう考えます」と返してきた。
ホッと胸を撫で下ろしたスフィーダである。
「じゃが、感情的になってしまったことは認めるぞ。すまんかった」
「あれだけ煽られれば、怒りたくもなるでしょう」
「ヨシュアよ、おまえがそんなふうに言うとは珍しいことじゃ」
「正直に感想を述べたまでです。収穫はありましたね。曙光はもはやグスタフには関心がない」
「リヒャルトめの言葉を真に受けるのか?」
「私は信用に値すると考えます」
「となると、曙光に動きがないうちは現状維持というわけか」
「そうなります。いつの日かのために、着実に力を蓄え、粛々と準備を整えてまいりましょう」
「うむ。そうじゃな。ちなみにじゃが、わしとしては、カナのことも多少は気掛かりなんじゃがの」
カナとは曙光を興した魔女の名だ。
スフィーダはその昔、彼女と会ったことがある。
ネフェルティティに負けないほどの野心家で、だからあっという間に仲違いを起こしてしまった。
「陛下」
「ん?」
「改めて申し上げます。はなまるを進呈するわけにはまいりませんが、今回の会談は、よくできましたといったところでございます」
「お、おぉっ、本当か?」
「はい。何者にも臆せぬ毅然とした態度。風格がございました。見直したくらいでございます」
「そ、そうか。なら、よかったのじゃ」
ヨシュアが褒めてくれたので、スフィーダ、頭を掻き掻き、照れたのだった。