第535話 イチヤ・ノ・ユメ その二。
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満天の星空をのぞむ砂浜だ。
三角座りをしているスフィーダのことを、フォトンは後ろから抱き締めてくれている。
くすぐったくはない。
力強さになんというかこう、全身が、きゅっとなってしまう感じだ。
背後にヒトの気配。
大きな人影。
ヴァレリアだ。
ヴァレリアはフォトンの隣に腰を下ろすと、彼の肩にこてんと右の頬をのせた。
女同士、しかもフォトンに想いを寄せる者同士としてつんけんし合ってもよいとは思うのだが、もうそんな時期は過ぎたのであって、だから現状、フォトンのことについては彼女と共有しているということになる。
罪な男だとは思うのだが、それだけのスケールがあるのであれば、複数の女性に好きになられてもおかしくない。
フォトンは優しく、また不器用な男なので、一方で誰かを選んで、一方で誰かをないがしろにすることなんてできないとも思うのだ。
「ヴァレリアよ、フォトンはなんと言っておる?」
「なにも言おうとしません」
「なんじゃと?」
「どうやら、心を塞ぐ術を身につけられたようでございます」
「それはいかんぞ。迷惑な話じゃ。フォトンよ、心は開いておけ。怒るぞ」
スフィーダがそんなふうに言うと、フォトンがさらに強く、後ろから抱き締めてきた。
なんとなあく色っぽさに駆られ、「う、うぅぅぅぅ……」などと漏らしてしまった彼女である。
「陛下、恐らくですが」
「なんじゃ、ヴァレリア。恐らく、なんじゃ?」
「いえ。少佐に添い遂げられるのは、私だと思いまして」
「それは、そうじゃろうのぅ……」
ヴァレリアはクスクスと笑った。
「事あるごとに、このような話をしていますね」
「そうじゃのぅ」
スフィーダも笑った。
「私には一つ、迷っていることがございます。これも以前、申し上げたのですが」
「なんの話じゃ?」
「退役して、少佐の子を生むのもアリかなという話です。メルドー家は由緒正しきお家柄。血を途絶えさせるわけにもいかないでしょう?」
「じゃが、男子が生まれるとは限らんぞ?」
「その場合は、幾人も孕むということで」
その頼もしさに、スフィーダは感心した。
彼女は立ち上がって身を翻し、フォトンの太い首に両腕を巻きつけた。
彼の耳元で「フォトン、フォトン、フォトン……」と、ささやく。
「わしは不幸じゃ。可能であれば、わしがおまえの子を……」
穏やかに口元を緩めてみせた、フォトンである。
次の瞬間、スフィーダはヴァレリアに抱え上げられた。
ひゃあという小さな悲鳴が期せずして上がった。
ヴァレリアはスフィーダと一緒に、海の中へと飛び込んだのだった。
ぺっぺっと、口から水を吐き出す、スフィーダ。
「ヴァレリアよ、やっぱり海の水はしょっぱいぞ?」
そんな訴えは無意味で、スフィーダはヴァレリアに、いよいよ海へと放り投げられてしまったのだった。




