第534話 箱詰めの結界。
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翌朝、スフィーダはヨシュアとともに、ブレーデセンを訪れた。
移送法陣は用いなかった。
やはりあれは反則だ。
ひとまず上空に浮いている。
ヨシュアがあらゆる強大な魔法、あるいは気が利いた魔法でもって、スフィーダの前を開ける。
容赦はしない。
そんなスタンスである。
同じ種族の生物だという判断があるからだろう。
強い弱い以前に、そこには残酷なリアルがあるだけだ。
宙を進むと、やがてフォトンを発見した。
思わずスフィーダは「フォトン!」と叫んだ。
彼は特段のケガをしているわけではないようだ。
ただ宙に浮いたまま、その状態のまま、あぐらをかいている。
少し離れた位置にはヴァレリアの姿もある。
彼女もまた、それはもう豪快なあぐらをかいている。
ではもう一人、マキエはというと、宙に立ったまま、ガンガンガンガンなにかを叩いているのだ。
なるほどと理解した。
三人はなんらかの結界内に閉じ込められているらしい。
それはオレンジ色で、マキエが叩くたびに、その結界が姿を現す。
物理的な干渉を受けると、反射するようなかたちで具現化されるということだ。
マキエがガンガンガンガン結界を殴っている様子が、尚も見える。
声は聞こえてこないのだが、助けてくれーっと言っているようにも映る。
マキエは移送法陣を使うことができる。
フォトンも、そしてヴァレリアもだ。
それでも逃げ出さないのだとすると……。
浮遊しているヤオディの一人の魔法使いに向け、ヨシュアが「やめましょう」と告げた。
彼は「誰も殺したくはないんですよ」と、らしいことを述べた。
軍服であろうカーキ色の魔法衣、それに身を包んだヤオディの男は「ふふっ」と笑ってみせ、そこには嘲笑うかのような色があった。
「ヨシュア・ヴィノー様」
「ええ、はい、そうですよ。私はヴィノー様です」
ヨシュアにテキトーな感じでそんなふうに答えられたからだろう。
男は一気に驚いたようで、「くっ……」と尻込みしたように見えた。
「わ、わかっているのか? 三人の命は、今、我らの手に――」
「質問です。教えてください。たいていの場合、術者が死ねば、その効力は意味消失します。あの結界もそうでしょうか?」
「お、おまえはなにを言って――」
「そもそもです。世界最強と呼ばれる兵士が、魔法などに屈するわけがないでしょう?」
「な、なに!?」
凄まじい爆音とともに、フォトンが飛び出してきた。
結界をパンチ一発で、ぶっ壊して見せたのだ。
結局のところ、どれだけ強力な魔法が使えようと、絶対的な腕力には敵わないのである。
そう、絶対的な腕力。
物理的に最強なところが、スフィーダの大のお気に入りだ。
機を待っていたのか、ヴァレリアも自身の力で、正確に言うと、二回三回と蹴りを見舞うことで結界をぶっ壊して出てきた。
そのうち、マキエもパンチの連打で自力で脱出した。
怯えるのは、ヤオディの男。
まさか、結界を破られるとは思いもしなかったのだろう。
それだけ結界が強力だという自負が、男にはきっとあったのだ。
逃げた敵襲を、マキエが一目散に追い掛ける。
ヴァレリアが止めないのは、彼女を信頼しているからに違いない。
「なんとも得体の知れぬ話じゃったな。そもそもじゃ、ヴァレリアよ。くだんの結界などいつでも壊せたにもかかわらず、なぜ大人しくしておったのじゃ?」
「少佐が動かれた時点で行動を起こそうと考えていました。なのに少佐はいつまでも動かないものですから」
「まあ、そのへんはよしとするか。結界内の状況は? どういうものだったのじゃ?」
「結界内では魔法を使うことができません。少佐や私、それにマキエの場合は問題などありませんが、一般的な魔法使いには脅威となります」
スフィーダは一度頷いた。
ヨシュアは「やはりそうですか」と言い、二度頷いてみせた。
「ヴァレリア大尉。一つ、相談したいのですが」
「なんなりと」
「マキエ少尉を貸していただけませんか?」
「ああ。結界を破壊したという実績が得られたからですね?」
「ええ。場合によっては、貴女にお願いするケースも考えられる」
「マキエがいれば、問題ないはずです」
「わかりました。まずは彼女に期待することにします」




