第532話 能動的な偵察。
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スフィーダの私室、夜のことである。
彼女はベッドの端に腰掛け、ヨシュアは机の前の椅子に座っている。
「マキエ少尉をブレーデセン、すなわちヤオディがやかましい現地に派遣したとのことです」
「フォトンの判断か?」
「いえ。ヴァレリア大尉の指示だと」
「一つの部隊に勝手に動かれては、たまらんのではないのか?」
「ヴァレリア大尉には、ある程度の自由を与えております。そうあってしかるべきなんですよ」
「ふーむ」
スフィーダは顎に右手をやった。
「目的はなんじゃ? 斥候か?」
「正確に言うと、現場の状況を知らせてもらうための能動的な偵察です」
「マキエから受けた情報を吸い上げ、ヴァレリアがおまえに報告を上げるという段取りか?」
「そういうことでございます。陛下。意外と賢いではありませんか」
「これ。馬鹿にするでない」
「心得ております」
スフィーダ、今度は腕を組んだ。
ヨシュアは足を組み替えた。
「マキエ少尉は好戦的な一面がありますので、戦闘に混ざってしまうケースも考えられるのですが」
「そのへんはそれこそ、ヴァレリアがきちんと指示したのではないのか?」
「まあ、その通りでしょうね。またそうであると信じたい」
ランプが消えてしまったので、ヨシュアが再度、灯した。
指にちょろりとつけた魔法の火で、である。
「それにしても、マキエは本当に信頼されておるのじゃな。ヴァレリアに任されるとは、相当なことじゃろう?」
「そうですね。とはいえ、以前、マキエ少尉のスゴさはご覧になられたでしょう?」
「体術にも魔法にも優れているということか?」
「はい。もっとランクが高くていいはずなんですよ」
「少尉ではなくという話か?」
「はい。とっくに少尉の器ではありませんよ」
「まあ、そのへんはいろいろとあるのじゃろう?」
ヨシュアは深く頷いてみせた。
「いろいろとありますね。詳細は、はしょります。というか、その点、陛下もご存じだとは思いますが」
「そうは言いつつも、心配ではないとないかと問われれば、心配だと言わざるを得んぞ」
「今回のマキエ少尉の任務は、あくまでも現地の調査です。明日の帰還予定だと聞いています。なんでしたら、直接の報告を命じましょうか?」
「それをやってしまうと、めんどくさがられるのではないか?」
「言いつけに従うのが軍人です」
「じゃったら、頼む。久々にマキエの顔も見たいしの」
「承知いたしました」
前髪を掻き上げたスフィーダである。
「しかし、そもそもじゃ。ブレーデセンに派兵して、その土地を占領する必要があるのか?」
「おや? そのへんについては、お気づきなのだと思っていましたが?」
「それでも一応、おまえの口から聞かせてもらいたいのじゃ」
「ブレーデセンを占領するのではありません。ブレーデセンの自治独立の確立が絶対的な目的です。幾度も申し上げていますが、どの国にせよ、ブレーデセンを乗っ取られてしまうと、我が国の脅威になりかねません。どうかご理解くださいませ。実にデリケートな問題です」
スフィーダ「はぁぁ……」と大きなため息をついた。
「ヒトの世に和平をもたらすことは、かくも難しいことなのか」
「ヒトの思考や価値観が一律であればなんの問題もありませんが、そうではありませんからね」
「おまえはどう思う? どう考える? 世の恒久平和は可能か?」
するとヨシュアはきっぱりと「不可能です」と言い、「それでは」とだけ残して、部屋を出ていったのだった。
 




