第53話 曙光からの便り。
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日曜日は暇である。
謁見者が訪れないので暇である。
だから白いビキニを着てテラスのプールで泳ぐのである。
七つやそこらの幼女の姿なれど、スフィーダ、体力には自信がある。
その分と言ったら語弊があるかもしれないが、知力には自信がない。
いや、モノはそれなりにたくさん知っているつもりなのだ。
なにせ、二千年以上も生きているのだから。
だが、知っていることと考えることは別だろう。
そう。
スフィーダ、どちらかというと、考えることが苦手なのである。
だから、感情的になりやすい。
そのときの気持ちが、すぐ表に出てしまう。
たとえば、ちょっとしたことでも、ぷんぷん怒ってしまう。
改めなくてはいけないことだとはわかっているのだが、それはなかなか難しい。
超のつく長生きをしていても、性格を変える、あるいは改善することは困難っぽいのである。
その程度の、言ってみれば底が浅い女王であるのに、多くの民から慕われているらしいことについては、嬉しいと言い表すより他にない。
だが、ときどき思うのだ。
誰か、女王失格の烙印を押してくれればいいのに、と。
そしたら、重い重い肩の荷が下りるのに、と。
もちろん、そんなこと口には出せないし、出さない。
出すつもりもない。
プサルムが存在し続ける限りは、務めなくてはいけない役割。
女王とはそういうものだと、スフィーダはきちんと認識している。
今の立場で一生を終えることになっても、それはやむを得ないこと。
彼女にだって、相応の覚悟はあるのだ。
◆◆◆
スフィーダは玉座の間の赤絨毯の上で引っくり返っている。
日曜日は本当に暇なのだ。
日が落ちる頃になったら大浴場に出掛けようと、彼女は思う。
女子らとおしゃべりできたら、それはもう楽しいだろうと考える次第である。
大扉が開く音がした。
誰か入ってきたようだ。
そのうち、その人物は仰向けのスフィーダの前に顔を出した。
ヨシュアだった。
「暇を持て余していらっしゃるようでございますね」
「実際、暇じゃ。途方もなく、とてつもなく、メチャクチャ暇じゃ」
「陛下がお暇であることは、国にとっては幸せなことでございます」
「おまえが言いたいことは、まあ、わかる。じゃが、暇すぎると、わしが幸せではないのじゃ」
「そうだろうと考え、お相手をしに参りました」
「本当か?」
「はい」
ヨシュアがスフィーダの隣に腰を下ろした。
「陛下は本当に奔放であらせられますね」
「こんなところで引っくり返っておるからか?」
「はい。掃除は念入りにしていると言っても、せっかくのドレスにホコリの一つくらいはつきましょう」
「以前は謁見者を跪かせていた場所じゃ。多少の汚れくらい、なんとも思わん」
「ご立派でございます」
「うむ。ああ、たまにはドレス以外も身につけてみたいのぅ」
「たとえば、どういったお召し物でございますか?」
「侍女らが着ているメイド服など、どうじゃろうか」
「きっと、とてもかわいらしいことでございましょうね」
「ふはははは。そうじゃろう、そうじゃろう」
「陛下」
「おう。なんじゃ?」
「一つ、報告がございます」
「よし。聞くぞ」
スフィーダ、ぴょこんと上体を起こした。
一方でヨシュアは、左目の片眼鏡を一度はずし、改めてつけ直した。
彼はいつになく真面目な顔をしているように見える。
気のせいだろうか。
気のせいではなかった。
ヨシュアが「曙光が接触してきました」と言ったのを聞いて、スフィーダの口からは「……なんじゃと?」と声が漏れた。
とにかく驚かされた。
だんだん、スフィーダの表情も真剣みを帯びていく。
曙光。
言わずと知れた世界一の大国。
敵か味方かと問われれば、前者になるだろう。
少なくとも、仲良しこよしではない。
ますます険しい顔になったことを自覚するスフィーダ。
ヨシュアは前を向いたままだ。
正面だけを見据えている。
「なんと言ってきたのじゃ? まさか、宣戦布告してきたのか?」
「前向きな話がしたい、とのことです」
「なんじゃ、そのぼやけた議題は」
「セラー首相は、当該事項を緊急で議会にかけると言っています」
「結果はどうなる見通しなのじゃ?」
「与党議員の賛成多数で可決となります」
「賛成ということは、会うべきじゃということか?」
「はい」
「こちらはどういったフォーメーションで臨むのじゃ?」
「私と首相、それに陛下は必須です」
「わしもなのか?」
「先方の強い要望でございます」
「向こうは? いったい、誰が来るのじゃ? ただの文官か?」
「陛下もご存じの人物です」
「いったい誰なのじゃ?」
「リヒャルト・クロニクルでございます」
スフィーダ、全身が粟立つのを感じた。
リヒャルト・クロニクル。
そのいでたちから”恐怖の白”と呼ばれる、曙光の大将軍……。
「な、なぜじゃ? 聞くに奴めは、一介の武官、軍人じゃろう?」
「そのあたりの事情を探っても仕方ありません。どうあれ現状、断る理由がない」
「そそっ、そうなのか……」
ヨシュアが強い語気で言葉を連ねたことに気圧されたらしく、言うに際し、スフィーダは少々どもってしまった。
彼の言っていることは正しいので「う、うむ。会うしかあるまい」と言いつつ、彼女は今一度頷く。
腰を上げたヨシュアは、「では」と残して去りゆく。
その背には緊張感が漂っていた。
まさかの展開とは、まさにこのこと。
スフィーダは胸の真ん中に右手を当てた。
重要な会談になることは想像するに容易く、だから自分を強く持とうと思った。
しくじるわけにはいかないのである。




