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第528話 骨まで愛している。

       ◆◆◆


 玉座の間。

 謁見中。


「私の妻は二十八で亡くなりました。若すぎませんか?」

「そうじゃな。二十八は若すぎる……」


 まだまだ若いであろう短髪の男は涙を流す。


「骨壺は、骨は、ときが来れば相応の処理をしないといけないそうです」

「そうじゃな。それがあるべき姿じゃろうな。その旨は知っておる」


 男は膝から崩れ落ちると、口惜しそうに床に右の拳を突き立てた。


「いい女房だったんです。でも、癌で……助かりようがなくて……」

「誰かに慰め……いいや、勇気づけてももらえんのか?」

「そうです。みんな、私を憐れむばかりです。でも、スフィーダ様なら、違うかなと考えて……」


 相も変わらず玉座の上のスフィーダは、苦笑した。


「わしにはなにもできん。やはり、そなたを憐れむことしかできん。そなたを勇気づけるにあたっても、適当な言葉が思い浮かばんのじゃ」

「案外、無責任なんですね」


 スフィーダはまた苦笑する。


「なんとでも言ってくれ。なんと言われようとかまわん」

「私は彼女のことを愛していたのでしょうか」

「愛していたのじゃろう」

「やっぱり無責任ですね、スフィーダ様は」


 スフィーダは、たび、苦笑した。


「なんのために骨壺を抱えておるのじゃ? そこに愛があるからじゃろう?」

「ただ、そうであれば、よいのですが……」


 眉をひそめたスフィーダ。


「なんじゃ? なにかあるのか?」


 男は申し訳なさそうな笑みを浮かべた。


「実は私は不倫をしていたんです」


 スフィーダは目を見開いた。


「なんじゃと?」

「不倫をしていたんです」


 カッとなったスフィーダである。


「不倫をしていたくせに、この期に及んで妻を愛していたと言うのか!!」


 男は明らかに、しょんぼりとした。


「やはり、ゆるされないでしょうか……」

「当然じゃろうが! 絶対にゆるさんぞ、おまえのことは!!」

「しかし、私が妻を愛していたことは事実で……」

「じゃったら詫びよ! あるいは死することで詫びよ!!」


 ヨシュアに「陛下」と、たしなめられた。

 黙れと言うと、尚のこと、たしなめられた。


 スフィーダは涙する。


「そなたは悔しくないのか? そなたが不倫に興じているあいだに、そなたの妻は苦しみ、果ては死んでしまったのじゃぞ?」

「悔やんでおります」

「じゃったら!」

「もうえんを切りました。相手もまた、不倫だったんです」


 スフィーダはいよいよ涙を流した。


「なぜじゃ。どうしてそんなことが起きてしまうのじゃ……?」

「私の弱さがそうさせたのだと思います。妻には本当に申し訳なく――」


 渦巻く炎を放とうとしたスフィーダである。

 しかし、ヨシュアの背に前を遮られてしまった。


「陛下、お控えください。国民を焼くなどあっていいわけがないでしょう?」

「じゃが、じゃが……っ」


 ヨシュアが「法的な観点から言うと、貴方にはなんの罪もない」と言った。


「しかし、不義理を働いてしまった私は、罪を償いたいと考えています。そうすることしかできません」


 男はそう言い、ヨシュアは「その通り。貴方は罪人ではないんですよ」と答えた。


「ヨシュアッ!」

「声を荒らげないでくださいませ、陛下」

「じゃが、じゃがっ!」

「感情で左右される法があってはなりません」

「それはわかっておる! じゃがっ!!」

「今晩、陛下には法がなんたるかを説いてさしあげます。お楽しみに」


 ヨシュアはどうしてここまで冷静でいられるのだろう。

 どうして悪いことを悪いと言わないのだろう。

 どうして感情的にならないのだろう。


 スフィーダは玉座をあとにし、ヨシュアの広い背中に抱きついた。

 次の瞬間に聞こえてきたのは、男がすすり泣く声だった。


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