第528話 骨まで愛している。
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玉座の間。
謁見中。
「私の妻は二十八で亡くなりました。若すぎませんか?」
「そうじゃな。二十八は若すぎる……」
まだまだ若いであろう短髪の男は涙を流す。
「骨壺は、骨は、ときが来れば相応の処理をしないといけないそうです」
「そうじゃな。それがあるべき姿じゃろうな。その旨は知っておる」
男は膝から崩れ落ちると、口惜しそうに床に右の拳を突き立てた。
「いい女房だったんです。でも、癌で……助かりようがなくて……」
「誰かに慰め……いいや、勇気づけてももらえんのか?」
「そうです。みんな、私を憐れむばかりです。でも、スフィーダ様なら、違うかなと考えて……」
相も変わらず玉座の上のスフィーダは、苦笑した。
「わしにはなにもできん。やはり、そなたを憐れむことしかできん。そなたを勇気づけるにあたっても、適当な言葉が思い浮かばんのじゃ」
「案外、無責任なんですね」
スフィーダはまた苦笑する。
「なんとでも言ってくれ。なんと言われようとかまわん」
「私は彼女のことを愛していたのでしょうか」
「愛していたのじゃろう」
「やっぱり無責任ですね、スフィーダ様は」
スフィーダは、三度、苦笑した。
「なんのために骨壺を抱えておるのじゃ? そこに愛があるからじゃろう?」
「ただ、そうであれば、よいのですが……」
眉をひそめたスフィーダ。
「なんじゃ? なにかあるのか?」
男は申し訳なさそうな笑みを浮かべた。
「実は私は不倫をしていたんです」
スフィーダは目を見開いた。
「なんじゃと?」
「不倫をしていたんです」
カッとなったスフィーダである。
「不倫をしていたくせに、この期に及んで妻を愛していたと言うのか!!」
男は明らかに、しょんぼりとした。
「やはり、ゆるされないでしょうか……」
「当然じゃろうが! 絶対にゆるさんぞ、おまえのことは!!」
「しかし、私が妻を愛していたことは事実で……」
「じゃったら詫びよ! あるいは死することで詫びよ!!」
ヨシュアに「陛下」と、たしなめられた。
黙れと言うと、尚のこと、たしなめられた。
スフィーダは涙する。
「そなたは悔しくないのか? そなたが不倫に興じているあいだに、そなたの妻は苦しみ、果ては死んでしまったのじゃぞ?」
「悔やんでおります」
「じゃったら!」
「もう縁を切りました。相手もまた、不倫だったんです」
スフィーダはいよいよ涙を流した。
「なぜじゃ。どうしてそんなことが起きてしまうのじゃ……?」
「私の弱さがそうさせたのだと思います。妻には本当に申し訳なく――」
渦巻く炎を放とうとしたスフィーダである。
しかし、ヨシュアの背に前を遮られてしまった。
「陛下、お控えください。国民を焼くなどあっていいわけがないでしょう?」
「じゃが、じゃが……っ」
ヨシュアが「法的な観点から言うと、貴方にはなんの罪もない」と言った。
「しかし、不義理を働いてしまった私は、罪を償いたいと考えています。そうすることしかできません」
男はそう言い、ヨシュアは「その通り。貴方は罪人ではないんですよ」と答えた。
「ヨシュアッ!」
「声を荒らげないでくださいませ、陛下」
「じゃが、じゃがっ!」
「感情で左右される法があってはなりません」
「それはわかっておる! じゃがっ!!」
「今晩、陛下には法がなんたるかを説いてさしあげます。お楽しみに」
ヨシュアはどうしてここまで冷静でいられるのだろう。
どうして悪いことを悪いと言わないのだろう。
どうして感情的にならないのだろう。
スフィーダは玉座をあとにし、ヨシュアの広い背中に抱きついた。
次の瞬間に聞こえてきたのは、男がすすり泣く声だった。




