第525話 仲介役、その二。
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金色の間、会議室。
ネフェルティティもリヒャルトも向かい合って席についている。
スフィーダはというと、上座である。
左にはヨシュアが立ち、控えている。
スフィーダの左方の座席についているネフェルティティが、「ヴィノー閣下も座ればよい」と高貴に言った。
いえ、私は、ここで。
そう遠慮したヨシュアである。
対して、スフィーダの右方の座席についているリヒャルトは、「ネフェルティティ陛下。話をさせていただきたく存じます」と非常によい声で言い、さらには涼しげににこりと笑んだ。
「うぬはリヒャルトといったか。リヒャルト・クロニクルといったか」
「そうでございます。間違いございません」
「しかし、うぬは黙っておれ」
「なぜでしょう?」
「わらわはヴィノー閣下と話がしたい」
するとヨシュアは真面目な表情を、ネフェルティティに向け。
「お話があるのですか? お聞かせ願えますか?」
「なに。簡単な話ぞ。いい加減、わらわに仕えんか?」
「それは以前にも伺いましたが、しかし――」
「わしが健在のうちは、ヨシュアは誰にもくれてやらん」
「ならばスフィーダよ、おまえを沈めれば、ヴィノー閣下はわらわのモノになるということか?」
「わしは沈まんぞ」
「やりおうてみるか?」
「そんな話をしに来たのではないぞ。というかリヒャルト、おまえもそのつもりがあるなら、とっとと言わんか」
テーブルに左の肘をつき、頬杖をついているリヒャルトの笑みには、シニカルな感がある。
「ネフェルティティ様。私がどうして面会を求めたのか、見当がつくと?」
「リヒャルト・クロニクル。聞きしに勝る無礼者である。わらわを誰と心得ておるのか」
「ですから、ネフェルティティ様だと」
「やはり無礼である。焼かれたいのであるか?」
「私からも申し上げたいことがある。我が副官を落としてくれた貴軍には復讐させていただきたい」
「副官とは?」
「隣にいる、シオン・ルシオラ大尉のことを指しています」
浅黄色の髪をショートに整えているシオンは、相変わらず静かに目を閉じたままでいる。
「知らんな、そのような女は。リヒャルト・クロニクル。もう一度言う。焼かれたいのであるか?」
「この場で焼かれたほうがよいと存じます」
「どういうことか?」
「私は私の気が済むまで、貴国に吹っ掛け続けようと考えます。やはり部下の復讐のためです」
「無駄なことを」
「果ては貴女の首をとりにかかるかもしれない」
「やってみよ。わらわは寛大である。いつでもかかってくるがよいぞ」
スフィーダはゆるゆると首を左右に振り、思わず呆れてしまった。
「ネフェルティティ、それにリヒャルトよ、そんな無駄な話をしようとしておったわけではあるまい?」
「偉そうなことよのぅ、スフィーダよ」
「おまえにだけは言われたくないぞ」
リヒャルトが高らかに笑った。
「魔女のけんかを拝見できるなど、恐れ多いことですね」
スフィーダ、むっとなった。
「リヒャルトよ、フォトンと渡り合えるからといって、調子に乗るでないぞ」
「代わりに貴女が私を焼こうと?」
「違う。フォトンが本気を出せば、おまえなど相手にならんという話じゃ」
「確かに、そうかもしれません」
「ほぅ。潔いではないか」
「それでも向かい合おうという話です。戦おうという話です」
「ドМなのじゃな、おまえは」
「かもしれませんね」
そこまで言うと、次は「ネフェルティティ様」と発したリヒャルトである。
「兵は引くことにいたします」
「よい判断ぞ」
ゆったりと笑んだ、ネフェルティティ。
「しかし、わらわの国に迷惑を掛けてくれた。報復はさせてもらうぞ」
「ネフェルティティ様。貴女は賢明な方であるはずです。そうすることの無意味さについては、お心得でしょう?」
声を上げて笑うネフェルティティなど珍しい。
「承知した。リヒャルト・クロニクルよ。いざやり合えるときを楽しみにしておるぞよ」
「ええ。とはいえ、私は私自身の部隊を率いて戦うだけなのですがね」
「いつか屠られることに恐怖しながら生きるとよい」
「そうは思いますが」
リヒャルトが「クック」と笑った。
「ネフェルティティ様、スフィーダ様でもいい。お二人は本当に、私に敵うとお思いなのですか?」
案外、痛いところをついてくる男だ、リヒャルト・クロニクル。
ヒトの一瞬のきらめきには敵わない。
スフィーダ自身、そう考えていたりもする。
「無礼者めが。しかし、わらわはやはり寛大である。またどこかで会うことになるとよいな、リヒャルト・クロニクルよ」
「恐れ多きお言葉」
リヒャルトは席を立つと、深々と礼をした。
そして、シオンの移送法陣に包まれたのだった。




