第520話 ティターン戦役後の十七歳コンビ。
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短い黒髪をつんつんにおっ立てているピットと、赤茶けた髪をショートに整えているミカエラが、玉座の間を訪れた。
いずれも先のティターンとの争いに参戦していた人物である。
年は揃って十七。
戦士として戦場に出向くのは早すぎるとも思うのだが、本人達がそうあることを望んでいるので、上から目線で「ダメだ!」というわけにもいかないのである。
スフィーダのゆるしに従い、両者は片膝をついた姿勢から立ち上がった。
彼女は「ティターンとの争い事は、そなたら的にはどうじゃった?」と訊ねた。
「なんか、後味、悪かったっスよ。まさか、一国の大統領がくたばるだなんて思ってなかったし」
ミカエラがピットの後頭部をぱしっと叩いた。
「な、なんだよ、ミカ」
「アンタの口の利き方がなってないから注意してあげたんだよ。感謝しな」
「厳しすぎんだよ、オメーの場合」
「うるさい」
「はいはい」
二人のやり取りが微笑ましくて、つい笑ってしまったスフィーダである。
「俺達、まだまだッスよね」
「ん? どういうことじゃ?」
「だってその、奴さんを仕留めたのって、メルドー少佐だっていうじゃないッスか」
「フォトンと自分とを比べるのはよくないと思うがの」
「コイツ、馬鹿なんですよ。自信過剰もいいとこなんです」
「だからってミカ、ヒトの頭をパシパシ叩くんじゃねーよ」
「あたしらとメルドー少佐の部隊は役割が違うんだし、わきまえな」
「わかってるっつの」
ミカエラが真剣な目をヨシュアに寄越した。
「でも、本当に、これでよかったんでしょうか」
「ミカエラ、貴女はなにが言いたいんですか?」
「だって閣下、ティターンは我が国に編入されかねないわけです。でも、そこに正解はあるのかな、って」
「編入というのは、ちまたの噂です。彼らには彼らの自治独立を促します」
「そうなんですか?」
「あくまでもそうですよ。それ以外のやりようなどありません」
目元を緩めたミカエラである。
「余計なことを言ってしまいました。申し訳ありませんでした」
「かまいませんよ」
口元に右の拳をやり、ヨシュアは目を細めた。
「なにを間違ったわけではない。なにが不足していたわけでもない。ミカエラ、私はね、自らの国の利益を慮った結果として、大きな間違いを犯したように思っているんですよ」
「それって、死亡フラグです」
「そうですかね」
「閣下は自らが倒れてしまったときの状況を、もっとつぶさに分析すべきだと思います。閣下とメルドー少佐の代わりは、誰にもできないんですから」
「わかりました。心得ておきましょう」
「よろしくお願いします。さあ、行くよ、ピット」
そのとき、ピットは腕を組んで考えるような素振りを見せていて。
「やっぱ、ミカの言う通りっスよ。閣下。メルドー少佐も含めて、お二人がいないウチの軍隊なんて、紙切れ同然っスよ。舐められちまうと思うッス」
「だったら、もう少し張り切りましょうかね」
「そうしてくださいッス」
するとピットはミカエラに「馬鹿」と後頭部を小突かれ。
「ピット、誰よりも苦労してるのが閣下なんだよ? わかってる?」
「わかってるよ。わかってっから、いちいち小突くなよ。いてーんだよ」
ミカエラは立礼した。
「今回の一件は不幸な事故とも言えると思います。ですけど、そうするより他になかったのであれば、そうするより他になかったんだって思います」
大きく一つ、頷いたヨシュア。
「ミカエラは、これからはどうしたいですか?」
「そのへん、言っちゃっていいんですか?」
「いいですよ。言ってみなさい」
「西の備え、どうなっているんですか? 私、よく知っているようで、よくは知らないんですけれど」
「西の、それも最果てですね。ヤオディという国家はご存じですか?」
「いくらなんでも聞いたことくらいはあります。ふぅん。やっぱり、揉めちゃってるんですか?」
「揉める要素があります」
「いよいよ強気に出られたってことですか?」
「そうなります。彼らは負けないと強く信じている。実際、曙光の兵をも退けてきたという実績があります」
「それは相当なことだと思いますけれど」
「そうでしょう?」
ピットが「はいっ」と右手をあげた。
「そのヤオディって国に手を出すってんなら、声を掛けていただきたいッス。最近、思うんス。どうあれ世界が平定されていくんだったら、俺達の出番はなくなっちまうな、って」
するといよいよ、ミカエラのローキックをもらったピットである。
「アンタ、馬鹿ぁ? 私らみたいなのはいないほうがいいんだよ? それくらい、わかんない?」
「わかってる。わかってんよ。だから、蹴る必要はねーだろ? つーか、おまえだって戦闘狂じゃねーかよ」
「すべて愛の鞭なんだよ」
「ああ、はい、そうですか」
「もう一発行っとく?」
「ば、馬鹿言え。冗談じゃねーよ」
ヨシュアがここで、「お二人、どう思いますか?」と訊ねた。
すると「なにがですか?」とミカエラは質問返しをし、ピットも「なにがッスか?」と問い返した次第である。
「西海に浮かぶ島と言えば?」
「イェンファにカナデ、あとはブレーデセンってところッスよね?」
「ブレーデセンが危険です」
「ブレーデセンが?」
「ええ。まだ支援が行き届いていない上に、彼らの技術力を狙って攻め入ろうとしている節がある」
「それがヤオディってことッスか?」
「そうなります」
ピットは大きく頷いた。
「だったら、そっちにやってくださいッス。精一杯やるッスよ。政治的な判断はお任せするッス」
「承知しました。あなた方をブレーデセンに寄越しましょう」
「えっ、ホントに、いいんスか?」
「ティターンの件は片づきましたからね。あなた達兵士には、次の戦場があってしかるべきです」
「やっぱり、リンドブルム中将の下につけばいいッスか?」
「そのように手配します」
「でもなあ。リンドブルム中将って、もうじいさんじゃないッスか。そろそろ休んでいただいてもいいんじゃないかな、って」
ミカエラにまた後頭部を叩かれた、ピットである。
「アンタ、やっぱり馬鹿じゃないの? リンドブルム中将より優れた戦略家って、ヴィノー閣下くらいしかいないんだよ?」
「そ、それはわかってるけど、でも、ご老体だからよ、そのへん、もうちょっと気を配っても――」
「それはあたし達が考えることじゃないよ」
「だからまあ、そうなんだけどよ」
スフィーダは「あっはっは」と笑った。
ヨシュアはクスクスと笑った。
「なにが正しくて、なにが間違っているのか、そのあたりを見極められるようになりなさい。それができるようになったとき、あなた達は初めて私の手元を離れることになるでしょう」
二人とも、嬉しそうに笑った。
「私は閣下のことを兄のように思っています」
「俺だってそうっスよ。閣下は兄貴ッス」
「では、その兄の期待を裏切らないように」
二人は「はいっ!」と元気よく返事をし、ビシッと敬礼してみせた。




