第52話 局所的驟雨。
◆◆◆
フェイス・デルフォイは椅子からすっと立ち上がると、びゅんと空に舞い上がったのだった。
突如として上空に現れた、半径一メートルほどの金色の輪。
そのすぐ隣で浮遊するフェイスは、微笑みを浮かべている。
そして――。
「みなさま、死んでくださいませぇっ!!」
フェイスがそう叫ぶや否や、金色の輪から黄金色の光の矢が驟雨のごとく降り注いだ。
スフィーダ、自らとヨシュア、それにネフェルティティを守れるだけのサイズの、傘のようなバリアを展開。
だが、それに当たるより先に、矢は遮られた。
ヨシュアの仕業だろう。
彼の反応もスフィーダのそれに負けず劣らず速かったということだ。
もはや必要はないと考え、スフィーダは自らのバリアを解除した。
降り続ける、矢、矢、矢。
そのいっさいを、ヨシュアのバリアが遮断する。
ネフェルティティだって、不穏な気配に気づかなかったわけがない。
自分が動かずともよい。
そう考え、なにもすることはないと判断したのだ。
ネフェルティティは尚も優雅に食後の紅茶を楽しんでいる。
「前振りが大仰でしたね。黙って降らせていれば、万が一つもあったでしょうに」
ヨシュアはそう述べた。
彼の声が少々大きいのは、バリアが矢を弾く音がうるさいからだ。
「誰のバリアでも貫ける。そういう自信があったのじゃろう」
言ってスフィーダはテーブルに頬杖をついた。
「おい、ネフェルティティ。この落とし前、どうつけてくれるのじゃ?」
「被害はない。問題はなかろう?」
「おまえの部下の不始末じゃろうが」
「もはや部下ではない。それにしても、ヴィノー閣下のバリアは強固であるな。大したものぞ」
雨がやんだ。
ヨシュアがバリアを引っ込めた。
金色の輪は消え、フェイスはまだ空中にいる。
「やはり、そう簡単にはまいりませんわね」
余裕綽々といった様子のフェイスは、また「ふふ」と笑んだ。
「この無礼者めが! 目的はなんじゃ!」
スフィーダ、椅子の上に立ち、声を張り上げた。
彼女はおこなのである。
「魔女の首を手みやげにすれば、重用していただけると思いましたの」
「誰にじゃ!」
「秘密ですわ。ごきげんよう」
フェイスは飴色の筒を発生させ、それで自らの体を包み込んだ。
移送法陣だ。
とっとと、とんずらをこくつもりらしい。
右手をフェイスに向け、怒りの火の玉を放ったスフィーダである。
しかし、ときすでに遅し。
火球は筒をすり抜けてしまった。
飴色の筒の消失とともに、フェイスはどこかに姿を消したのだった。
◆◆◆
「フェイスにはじゅうぶんな遊び場を与えておったつもりぞ」
ガラスポットから、カップに紅茶を注ぐネフェルティティ。
「デルフォイとやらは、極度の戦闘狂というわけじゃな」
スフィーダは腕を組んで「ふん」と鼻を鳴らした。
「手懐けたと思っておったのだがな」
「まるで飼い慣らせておらんかったな。はっはっは。ざまあみろなのじゃ」
「わらわに弓引けばどうなるか、いつの日か身をもって知ることになろうぞ」
スフィーダは唇を持ち上げ、「ふん」と鼻を鳴らした。
「二度と会えんかもしれんじゃろうが」
「冗談ぞ。新たに身を寄せる先がどこであろうと、それをよしとした者に用はない」
「ネフェルティティよ、そもそも、おまえは人望がなさすぎるのじゃ」
「まるで自分にはあるような言い方であるな」
「おまえよりはマシなつもりじゃ」
「傲慢なことよのぅ」
「そのセリフ、おまえにだけは言われたくないぞ」
「そんなことより、スフィーダよ」
「なんじゃ?」
「プサルムは茶すらまずいらしい」
「じゃったら、おかわりなどするな」
「フェイスを失った今、うぬらとぶつかるはよしとせぬ」
「やはり、いつかは我が国も飲み込むつもりじゃったというのか」
「たとえばの話ぞ」
ネフェルティティは微笑した。
「スフィーダよ、いずれにせよ、我がアーカムをあまり侮るな。場合によっては命取りになる」
「脅しか?」
「民を失いたくなくば、常に賢明であり続けたほうがよい」
「じゃから、脅しかと訊いておる」
「うぬらの命運を握っておるのはわらわである。ゆめゆめ、それを忘れるな」
どこまで本気で言っているのかは不明だが、今度は見る者をぞっとさせるような、邪悪な笑みを浮かべたネフェルティティだった。
 




