第518話 リエン・ヴァイスという国家元首。
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スフィーダはヨシュアの移送法陣で運ばれ、国の北方、ティターンとの国境線、その空中に下り立った。
真っ先に目に飛び込んできたのは、フォトンの背中だ。
相手のリエンは仕立てのよさそうな黒の背広に身を包んでいる。
深紅のネクタイが、よく目立った。
フォトンの接近を防いでいるのは、まぎれもなくアポロンの宝玉だ。
直径ニ十センチほどの赤い球は、問答無用で紅色の竜を生み続ける。
フォトンでなければ、とっくにやられていることだろう。
フォトンは竜に斬り掛かり、あっという間にそれらを駆逐してゆく。
フォトンが竜を一通り裂いたところで、スフィーダは前へと滑り、改めて立った。
リエンと話がしたいためである。
「リエンよ。国家元首が泥臭い戦闘か。その気概だけは買ってやるぞ」
「国家元首、ですか」
「違うというのか?」
「違いません。ああ、どうして私はここまで愚かだったのか」
「そうとも言い切れんじゃろう。そなたは常に民のことを思っていたのではないのか?」
「仮にそうであるならば、勝ち目のない戦いに身を投じようとは思わない」
スフィーダは苦笑した。
「我が国最強の兵の味はどうじゃ?」
「私が手にしているのは神器なのですが。それでも敵いそうもない」
「神器を扱えるだけで、そなたは相当な器なのだと思う」
「それなりに消耗します。あまり長い時間は使えない」
「そのへんが才能の限界なのじゃろうか」
「そう考えます」
「だとしても、そなたは相当な実力者じゃ」
「スフィーダ様、一つお願いしても?」
「なんでも聞くぞ」
死んでください!!
そんなふうに、リエンは叫んだ。
くだんの赤い球から、幾匹もの長い竜が生じ、それがスフィーダ目掛けて突っ込んできた。
スフィーダは右足を一歩踏み出し、竜のすべてをバリアで遮断、相殺してみせた。
「フォトン! いいですよ、殺りなさい!!」
ヨシュアがそう叫んだ。
途端の出来事。
フォトンが突っ込み、リエンのことを袈裟斬りにした。
この終結ではなにかが足りない。
そう考え、スフィーダは地に落ちたリエンのもとへと急いだ。
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仰向けのリエンは、もはや薄い息をしているだけで。
「ドがつくほど客観的に見ても、我が国と渡り合えるのは、曙光かアーカムしかない。リエンよ。賢いおまえのことじゃ。それくらい、わかっておったのじゃろう?」
「お預けします」
細い息をしながら、リエンはアポロンの宝玉を手渡してきた。
スフィーダはそれを両手で抱えた、胸に抱いた。
「悲しいのか悲しくないのか。それすら、私にはわからない。今の私には、わからない」
「ティターンという大国をまとめていたのじゃ。少なくとも無能ではないぞ」
「褒め言葉ですか?」
「それ以外になんとする」
リエンが血を吐いた。
「私は孤児でしてね。親の顔すら、覚えていない、思い出すことができない」
「そうか……」
「悲しいお顔をなさらないでください。事実を言っただけなのですから」
「のし上がったのじゃな」
「それだけが生き甲斐だった。それだけが、生きる意味、価値だった」
「妻は?」
「いません」
「恋人は?」
「いません。持ってはいけないものだと思って生きてきた」
目を閉じ、スフィーダは深く吐息をついた。
「次、生まれてきたときには、幸せにの」
「そう言ってくださるスフィーダ様には、感謝の言葉もありません」
スフィーダは目を閉じ、少し泣いた。
「どうか世界の統一を。曙光、それにアーカムにも祝福を。あとのことはお任せします」
「わかっておる。まずはそなたが愛した国との関係を改善したい」
「よろしくお願いいたします。さようなら、スフィーダ様……」
リエンはがくりと事切れた。




