第51話 ネフェルティティの来訪。
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傲慢。
ネフェルティティという魔女を表現するにあたっては、その一言でじゅうぶんだ。
会いたいという内容の文はもらった。
そこまではいい。
返事が届くのを待たずに、巨大飛空艇でプサルムの領土に入ってきたことが問題だ。
国境警備隊が乗船し、経緯の説明を求めたところ、「話はついている」と突っぱねたらしい。
なっていない。
本当に、なっていない。
いったい、どこまで自己中心的であれば気が済むのか。
とはいえ、プサルムはネフェルティティが女王として君臨する国アーカムとは同盟関係にあり、だから彼女を迎えるときは、いつだってVIP待遇だ。
ヨシュアと相談した。
セラー首相と話もした。
結果、イレギュラーな来訪ながらも、今回も国賓として迎えることに決めた。
決めたのだが、ネフェルティティは言ってくれた。
客人用の船着場でスフィーダが出迎えるや否や、「わらわは腹がへったぞ。はよう食事を出せ」などと我道を貫いてくれたのだ。
以前、やってきたときは、「毒を盛られてはかなわん」とか抜かしていたくせに、大した変わりようである。
当然、スフィーダははらわたが煮えくり返るような思いに駆られたわけだが、そこは嘆息一つで済ませた。
ネフェルティティになにを物申したところで、無駄に決まっているからだ。
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プールサイドに設けさせた四角いテーブルでの食事。
スフィーダの左隣にはヨシュアがいて、向かいの二席にはアーカムからの客人の姿がある。
スフィーダの正面に座っているのはネフェルティティだ。
”熱砂の女王”と呼ばれる見た目は七つやそこらの彼女の衣装は、今日も金ぴかである。
ドレスもティアラも黄金色である。
日の光を受けて反射するので、見ているほうは目がちかちかする。
浅黒い肌に金色というのは映えるには映える。
だが、身につけすぎると下品に映るという側面もある。
とにかくゴージャスであることが好きなのだろうが、趣味の悪いことだ。
ネフェルティティの隣席には、”魔女に最も近い者”とされる、フェイス・デルフォイの姿がある。
若い女だ。
紅色のロングヘア。
体を包み込むようなマントも紅色。
紺色のローブ姿もサマになっている。
色気に満ち満ちているのは、スフィーダも認めるところである。
食事が終わり、皿が下げられた。
速やかに食後の紅茶が用意された。
ネフェルティティの「けっしてうまいものではなかったな」という余計な一言が、またスフィーダの神経を逆撫でする。
ガチで「もう帰れ」と言ってやりたいところである。
「ところで、スフィーダよ」
「なんじゃ?」
「うぬはヒトと好き合っていると聞いた。本当か?」
「な、なぜ知っておる!?」
そんなツッコミが飛んでくるとは思わなかったので、スフィーダ、かなり驚いた。
しかし、かまをかけられたことは払拭できず、実際、ネフェルティティは「おや、事実、そうなのか」と、からかうように笑んだのだった。
「相手は誰か? フォトン・メルドー少佐あたりか?」
「ぐぬっ、ぐぐぐっ」
「おやおや、これまた当たりか」
「おまえの勘は無駄によすぎじゃ。気色悪いぞ」
「気色悪いのはうぬのほうぞ。ヒトとの色事など、けがらわしい女よのぅ」
「うるさいわ!」
「そう吠えるな。ああ、ヒトといっても、美しいヴィノー閣下は別ぞ。ぜひ迎え入れたいと考えておる」
「しつこいぞ。絶対にくれてやるものか」
「プサルムの大将職にうぬの最側近など、まるっきり宝の持ち腐れぞ。我が国に来れば、その手腕、存分に発揮できるであろう」
「おまえは戦争が好きなだけじゃろうが。まったく、なにかにつけて争い事に持っていきよってからに」
「兵も使ってやらねば退屈する」
その考えにはどうしたって、賛同することができない。
だからスフィーダ、ふんと鼻を鳴らしてやった。
「本音が出たな」
「わらわのやることに間違いなどあろうはずもない」
「まだ抜かすか。おまえみたいに偉そうな女は、一度、大きなしっぺ返しを食らえばいいのじゃ」
「ほんに、発想が子供よのぅ」
スフィーダ、今一度「うるさいわい」と言い、ぷいっとそっぽを向いた。
「わらわが何用で参ったのか、訊かぬのか?」
「どうせまた親睦を深めたいとか、そんな取って付けたような理由じゃろう?」
「否」
「おー、なんじゃ。今回はちゃんとした用事があるのか。ネフェルティティのくせに」
「ともにこの大陸の統一に乗り出したいと考えておる」
「おーおー、いよいよ大陸全土を飲み込もうというのか。支配欲の強いおまえらしいのぅ」
「特段、急ぎの話というわけではない。いずれはということぞ」
「とかなんとか言っておきながら、実は我が国をも乗っ取るつもりではないのか?」
「今、そのつもりはない」
「今は、じゃろうが。おまえの言葉はとにかく信用ならんのじゃ」
「この先も親交を保てば、うぬともわかり合えるであろうと、わらわは信じておる」
「信じるのはおまえの勝手じゃ。好きにするがよいのじゃ」
二千年以上生きてきた者同士、もっと仲良くあってもよさそうなものだが、やっぱりネフェルティティとは、根本的なところでそりが合わない。
常時、上から目線なので嫌いだ。
独善的なところに至っては大嫌いだ。
政治力、統治力は買ってやってもいい。
そういった点においては、自分より格段に優れているだろうとスフィーダは思っている。
しかし、ヒトについては生かさず殺さず程度にしか考えていないところが、気に食わない。
やっぱり嫌いだという結論に至るわけである。
とはいうものの、感情的な外交などゆるされるはずもない。
いつかはお互い真剣に顔を突き合わせ、真面目な話し合いをすることになるだろう。
いざそうなったときには、最悪の事態、すなわち、けんか別れするような格好にならないようにしないといけない。
そんなふうに考え、スフィーダは一つ溜息をついた。
冷静になろうと思った次第である。
そのときだった。
背筋を冷たいものが滑り落ちた。
得も言われぬ気配を感じて、スフィーダは天を仰いだ。
十メートルほど先の宙に、半径一メートルほどの金色の輪が浮かんでいた。