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第508話 結婚詐欺師。

       ◆◆◆


 バサバサの茶色い髪をした、中年とおぼしき女が泣くのである。

 スフィーダは眉根を寄せるのである。

 そもそもなぜのっけから泣き顔を寄越してくるのかということなのだが、どうやらそれは、隣にいる中年男性に原因があるようなのである。


 中年男性。

 でっぷりと太っている。

 銀色の髪を有しており、顔立ちも悪くないことから、フツウの体型ならそれなりに見れるものであるように思われる。

 いや、元より肥満男子を蔑むつもりは微塵もないのだが。


「この男は結婚詐欺師なんです!」


 女がいきなりそんなふうに声を荒らげたので、スフィーダは玉座の上でどひゃっと驚き、身を引いた。


「さ、詐欺にあったのか?」

「はい! 手元にあった預貯金を、全部競馬に使われてしまったんです!」


 スフィーダは「ふぅむ……」と顎に手をやり、それから男に「そうなのか?」と訊ねた。


「まあ、そうなんですけれど、なんと言いますか、はい」


 男は悪びれる様子もなく、ニコッと笑った。


「ほら見てください! この男はこんな状況にあっても笑うんですよ!!」

「それはわかったのじゃが。男よ。返すつもりはあるのか?」

「競馬が当たれば」

「それはそのつもりがあるとは言わんぞ」


 スフィーダは(ひたい)に右手をやり、首を横に振った。


「殺してください! この不届き者を殺してやってください!」

「い、いや。そういうわけにもいかなくてじゃな」

「だったら私が殺します!」


 女は立ち上がると、胸に左の蹴りを見舞うことで、男を仰向けに倒した。

 それから阿保みたいなスピードと激しさでストンピングを浴びせる。

 当然、スフィーダは唖然となる。


「ヨヨ、ヨシュア!」

「興味深い光景です。不義を働いた場合、女性はここまで怒るのかと」

「馬鹿かぁっ、おまえは! とっとと止めろぉっ!!」

「承知いたしました」


 やっとこさ、ヨシュアは二人のあいだに割り入ってくれたのだった。




       ◆◆◆


「まずは落ち着きましょう」


 それぞれ両膝をついている男女の前で、膝を折ったヨシュアである。

 スフィーダは彼の隣に立っている。


「男のヒト」

「は、はい」

「一般的な視点でモノを言わせてもらうと、貴方はそれほどモテそうには見えません」

「太っているからですか?」

「それもあります」

「私にとっては天職なんです」

「結婚詐欺師が?」

「はい」

「詳しく伺いたいですね」

「昔は細かったんです。でも、その姿で騙し続けると、必然、足がついてしまうというわけでして」

「そこで、べらぼうに食べて太った?」

「いえ。脂肪注入したんです」

「脂肪注入?」

「はい。脇の下からチューブを入れて」


 ヨシュアもそうだろうが、スフィーダもかなり呆れた。


「その手法は耳にした覚えがありますが、まさかその人物に出会うとは」

「さすが、ヴィノー様はなんでもよくご存じですね」

「まあ、そうですね」

「マダム・キラー。私の二つ名です」

「ほぅ。それで?」

「もう、騙し疲れました……」


 すると女がまたもや男を仰向けに床に転がし、容赦のないストンピングを浴びせる。


「ストンピングもいいですが、まあ、よしましょう。少なくとも、こうして懺悔しているわけですから」


 男を踏んづけることをようやっとやめた女である。


「私が……馬鹿だったんですね……」


 女は床にぺたんと崩れ落ちると、両手で顔を覆い、しくしくと泣き始めた。


 するとヨシュアが「生真面目なニンゲンが馬鹿を見ていいなどという法はありませんよ」と助け船を出した。


「男のヒト」


 そう呼ばれた男は、体をむくりと起こし、「は、はい」と返事をした。


「この女性に償いを。なにか金銭的な問題が発生するようなことがあれば、私が貸しつけますので、ご心配なく」

「えっ。そこまでしていただけるんですか?」

「結婚詐欺師に引っ掛かった女性にも、結婚詐欺師本人にも、幸せになる権利はありますからね」

「そう言ってもらっても、僕はきっと、また同じことを繰り返すような気がして……」

「それでもなにかに困るようなことがあれば、またここを訪れてください。下手な弁護士よりは、役に立てると考えています」


 男は深い吐息をついた。


「僕は間違っていたのかもしれませんね」

「いいえ。確実に間違っていますよ」

「プサルムに祝福を」

「そう感じているなら、とっとと帰って真面目に働きなさい」


 真っ向からまっすぐに一直線にモノを言えるヨシュアのことを、スフィーダはいつだって素敵だと思うし、尊敬もする。


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