第505話 外を見たい。
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まだ十くらいであろう少女がバスケットを持って、謁見に訪れた。
スフィーダは押し黙ることを決めた。
少女は礼を尽くす格好で片膝をつき、ぺこりと頭を下げてくれたのだが、こちらからなにかを訊ねるのは、なにか違うと考えたからだ。
「女王陛下様のご祝福をいただきたくて、参りました」
少女はそんなふうに言った。
ぎこちない口振りからして、練習してきたのだろうと窺えた。
スフィーダには、少女がなにを言いたいのか、ある程度、わかっている。
彼女がまとったほんの少しの生臭い匂いすら、わかるのだ。
スフィーダは階段をぴょんぴょんとくだり、少女に近づいた。
「バスケットを開けてくれ」
そうお願いした。
そしたらやっぱり思った通りで。
バスケットの中では小さなトラ猫が横たわっていた。
スフィーダはトラ猫にそっと触れる。
もう硬くて、すっかり冷たい。
完全に死んでいる。
「スフィーダ様、ご存じですか? こんなふうに死んじゃう猫って、たくさんいるんですよ?」
「じゃろうな。でも、それは――」
すると少女は「猫は死んじゃうんです!」と若干、声を荒らげた。
「今までのことは、どうしようもありません。でも、捨て猫の命を、このあとは助けてください。私の命なんて、要りませんから」
少女の物言いを聞き、スフィーダは笑顔になった。
「優しいそなたのことじゃ。これまでたくさん、苦しんできたのじゃろうな」
「知ったふうな口を利かないでください!」
「わしも猫は大好きなのじゃ」
「えっ……」
スフィーダは若干の笑みを浮かべた。
「以前、わしがよく知っている猫がおった。腎臓をやられたらしくての。猫は腎臓を悪くしやすいのじゃ。ゆるやかな死をたどっておった。徐々に病魔に侵されてゆく彼を見て、わしは涙した。だってのぅ、その猫は、死する前日まで、外が見たくて、外を眺めておったのじゃからのぅ。したいことがあるのに体が利かない。それはどれだけ悲しく、また不自由なことじゃろうか」
少女は「その猫は、きっと不幸じゃなかったって思います」と言った。
スフィーダは涙する。
「本当に、本当に、くだんの猫は、ずっとずっと、外を眺めていたかったのじゃ。だから、最期の瞬間まで、窓のそばで過ごそうとしたのじゃ」
スフィーダの表情は、ますますゆがむ。
「フツウにできていたことができなくなる。だからこそ、わしもいつかは、フツウに、死にたい」
それでもスフィーダ、精一杯笑った。
「この猫ちゃんは幸せだったのじゃ。そう思わんで、なんとする」
少女は笑顔を見せた。
「猫が幸せになる国なら、ヒトもきっと、幸せになれるんだって思うんです」
「そなたは賢い。素晴らしいぞ」
「このコのこと、私は本当に、大好きなんです」
その言葉に嘘偽りがないことを感じたから、スフィーダはさらに涙した。
少女と抱き合い、誓った。
「幸せな国を作ってやる」
嘘偽りない、切なる願いでもあった。




