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第505話 外を見たい。

       ◆◆◆


 まだとおくらいであろう少女がバスケットを持って、謁見に訪れた。


 スフィーダは押し黙ることを決めた。

 少女は礼を尽くす格好で片膝をつき、ぺこりと頭を下げてくれたのだが、こちらからなにかを訊ねるのは、なにか違うと考えたからだ。


「女王陛下様のご祝福をいただきたくて、参りました」


 少女はそんなふうに言った。

 ぎこちない口振りからして、練習してきたのだろうと窺えた。


 スフィーダには、少女がなにを言いたいのか、ある程度、わかっている。

 彼女がまとったほんの少しの生臭い匂いすら、わかるのだ。


 スフィーダは階段をぴょんぴょんとくだり、少女に近づいた。


「バスケットを開けてくれ」


 そうお願いした。


 そしたらやっぱり思った通りで。

 バスケットの中では小さなトラ猫が横たわっていた。


 スフィーダはトラ猫にそっと触れる。

 もう硬くて、すっかり冷たい。

 完全に死んでいる。


「スフィーダ様、ご存じですか? こんなふうに死んじゃう猫って、たくさんいるんですよ?」

「じゃろうな。でも、それは――」


 すると少女は「猫は死んじゃうんです!」と若干、声を荒らげた。


「今までのことは、どうしようもありません。でも、捨て猫の命を、このあとは助けてください。私の命なんて、要りませんから」


 少女の物言いを聞き、スフィーダは笑顔になった。


「優しいそなたのことじゃ。これまでたくさん、苦しんできたのじゃろうな」

「知ったふうな口を利かないでください!」

「わしも猫は大好きなのじゃ」

「えっ……」


 スフィーダは若干の笑みを浮かべた。


「以前、わしがよく知っている猫がおった。腎臓をやられたらしくての。猫は腎臓を悪くしやすいのじゃ。ゆるやかな死をたどっておった。徐々に病魔に侵されてゆく彼を見て、わしは涙した。だってのぅ、その猫は、死する前日まで、外が見たくて、外を眺めておったのじゃからのぅ。したいことがあるのに体が利かない。それはどれだけ悲しく、また不自由なことじゃろうか」


 少女は「その猫は、きっと不幸じゃなかったって思います」と言った。


 スフィーダは涙する。


「本当に、本当に、くだんの猫は、ずっとずっと、外を眺めていたかったのじゃ。だから、最期の瞬間まで、窓のそばで過ごそうとしたのじゃ」


 スフィーダの表情は、ますますゆがむ。


「フツウにできていたことができなくなる。だからこそ、わしもいつかは、フツウに、死にたい」


 それでもスフィーダ、精一杯笑った。


「この猫ちゃんは幸せだったのじゃ。そう思わんで、なんとする」


 少女は笑顔を見せた。


「猫が幸せになる国なら、ヒトもきっと、幸せになれるんだって思うんです」

「そなたは賢い。素晴らしいぞ」

「このコのこと、私は本当に、大好きなんです」


 その言葉に嘘偽りがないことを感じたから、スフィーダはさらに涙した。


 少女と抱き合い、誓った。


「幸せな国を作ってやる」


 嘘偽りない、切なる願いでもあった。


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