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第501話 贄。

       ◆◆◆


 白い薄着の女だ。

 下着をつけていない。

 乳房の先のピンク色がうっすらと映る。


 女が片膝をついた一方で、スフィーダは眉根を寄せた。

 どうして性的な格好をしているのかがわからないからだ。


(おもて)を上げてもらってかまわん。名を訊こう」

「レイラと申します」

「レイラはどうして、そんなセクシーなファッションなのじゃ?」

「理由はございません」

「な、ないのか?」


 するとレイラは微笑みを寄越してきて。


「実を言うと、あります」

「あ、あるのか?」

「私はこの姿で、この姿のまま、村を出、お嫁に出されます」


 なにやら複雑かつ深刻な理由がありそうだと、スフィーダは察した。


「どういうことか、教えてほしい」

「私が(にえ)になることで、私の村のヒト達は、向こう数年、危険を心配することなく暮らすことができます」


 スフィーダは数秒、考えを巡らせた。

 話を総合する。

 一つの考えに至った。

 それを確認しようと考える。


「詳しく問いたい。そなたが嫁に出るという先は――」

「山賊です」


 必然、真剣な顔になったスフィーダ。


「要するにじゃ――」

「スフィーダ様のお考えの通りです。私が嫁に出れば、山賊に村を侵される心配はなくなるんです。先に申し上げた通り、向こう数年はという条件はつきますけれど」


 瞬時にスフィーダは、カッとなった。


「ヨシュア!」

「我が国家のことではありませんよ。あり得るはずがない」


 レイラは「その通りです」と言って、笑った。


「私はこの国のニンゲンではありません。私はハインドのニンゲンです」


 ハインドのことはよく知っている。

 だが、あの国はちゃんとした法治国家であるはずで……。


 そんなスフィーダの胸の内を読んだかのように、レイラは「でも、それが事実なんです」と言い、苦笑じみた表情を浮かべた。


「ヨシュア!」

「二度も声を荒らげないでくださいませ。陛下、わかりますね?」


 スフィーダはギュッと唇を噛んだ。


「他国のことだから、簡単に口は出せんというのじゃろう? しかし――」


 ヨシュアが何事もないようにして、「レイラさん」と呼び掛けた。

 彼のその朗らかさがスフィーダの神経を逆撫でしたのは言うまでもない。


「はい。ヴィノー様」

「私どもに会いたいから訪れたのだと伺いました。満足ですか?」


 あまりにつっけんどんな言い方なので、スフィーダは「言葉を選べ!」とヨシュアを叱った。


「私は満足です」


 レイラはそう言って、笑った。


 スフィーダはたまらない気持ちになる。

 涙まで流してしまう。


「ダメじゃ、レイラよ。そなたを山賊ごときにやることはできん」

「スフィーダ様。そういう決め事があるのだということをお伝えしたかったというだけです。どうか、私の他に、不幸な女性が生まれませんように」


 スフィーダはいよいよ「わしはそなたを助けたいと言っておるのじゃ!!」と怒鳴った。


 レイラは悲しげに笑った。


「ヨシュアよ!」

「ヒトの一つの決断を決意を、蔑ろにしていい法などあるはずがない」

「ヨシュア、きっさまあぁっ!!」

「レイラさん。お帰りいただいて結構です。ご苦労でした。ただ、お貸ししますので、上着を羽織ってください。その姿はあまりに目の毒だ」


 わかりましたと言い、綺麗に立礼し、去り行くレイラ。


 レイラが大扉の向こうに姿を消したところでスフィーダは玉座から立ち上がり、ヨシュアのことを見上げた。

 頬をぶってやりたいとかボディブローを見舞ってやるとかしたい衝動に駆られるのだが、そんなことをしたところで、彼にはなにも響かない。

 だからこそ、ただただ強い目をして、見上げてやった。


「見損なったぞ、ヨシュア。レイラがどうあれ、決め事がどうあれ、救ってやる以外にあるというのか? そうでないなら申してみよ。わしを納得させてみよ」


 ヨシュアは「納得していただく必要はありませんよ」と言い、銀色の前髪を右手で掻き上げた。


 いよいよ怒りに火がつきそうになるスフィーダである。


「ほほぅ、そうか。おまえはそこまで、(にん)()(にん)じゃったのか」

「私の実績を差っ引いても、そう?」

「ああ。わしは今、おまえを完全に見損なった。おまえは最悪じゃ。死んでしまえ」

「レイラ氏には今日、首都に泊まっていただきます」

「……は?」

「同盟国とはいえ、他国のことです。難しい課題が生じます。しかし、事後承諾でなんとかなるとも考えている」

「……へ?」

「レイラ氏を山賊には渡しません。本当に微妙な立ち位置ですが、どうあれ私がなんとかいたします。悪しき鎖は破綻させなければいけません。お任せを」


 力強い宣言だ。

 スフィーダは、はらはらと涙してしまった。

 それと同時に、誰よりも愛しい側近を罵倒したことについて、申し訳のなさが膨れ上がり……。


 ヨシュアは唇を噛みしめていて、その口の端には血が細く伝っていた。


 先に犠牲になったおならのことを考えると、どうしたってやりきれないのだろう。


 ヨシュア。

 やっぱり優しいのだ。


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