第47話 戦場ジャーナリスト。
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ブライアン・ゲル。
無精ひげの男は椅子に座るとそう名乗った。
年齢は三十二歳。
戦場ジャーナリストなる仕事をなりわいとしていて、世界中を飛び回っているらしい。
スフィーダに会いに来た理由は「せっかくプサルムに来たんで、記念にと考えましてね」とのこと。
しかし、まさか謁見者として選ばれるとは予想していなかったようだ。
まあ、そうだろう。
ふらりと立ち寄った先で、女王に会えると思うはずもない。
ヨシュアの謎の選考基準があってこその実現というわけだ。
「戦場ジャーナリストとは、具体的にはどのようなことをするのじゃ?」
「その名の通りですよ。戦場を取材して、記事を書いて、それを新聞社や出版社なんかに買ってもらう。依頼される場合もありますがね。まあ、フリーランスなんで、気楽なもんですよ」
「最近も戦場に出たのか?」
「直近では、ビーンシィとグスタフの戦争を見てきました。グスタフ側に従軍する格好でね」
悲しい戦争だった。
ビーンシィの国主カタリーナの斬首刑という結末を見たのだから。
「お聞かせ願いたいんですが、あの戦争にこの国は噛もうとしなかったんですか?」
スフィーダは玉座のかたわらに立つヨシュアを見上げた。
彼は目を閉じ、小さく頷いてみせた。
だから、彼女は話すことにした。
「実はカタリーナを迎え入れようとしたのじゃ。結果が示している通り、拒まれてしまったがの」
「やっぱり、そういうことでしたか。さすがは”慈愛の女王”ですね」
「その二つ名は、あまり好きではないのじゃ」
「なぜです?」
「なんとなくじゃ。して、どのような戦争じゃった?」
「まったくご存じない?」
「ある程度は知っておる。そなたの口から聞かせてもらいたいのじゃ」
「一言で言えば、凄惨ですね。曙光が参戦したわけですが、彼らの練度は高かった。強かったですよ。あっという間に首都にまで進撃しました」
「グスタフの兵は、あまり戦わなかったとうことか?」
「連中は野卑な山賊の類と変わりませんでしたね。曙光軍が地ならしした街や村を襲って、略奪や凌辱の限りを尽くしました。まあ、負けるほうってのは、少なからず、そういう目に遭うもんですよ」
そんなふうに聞かされてしまうと、やはり多少強引にでも援軍を送ったほうがよかったのではないかと思えてくる。
カタリーナに罪はなく、ビーンシィに住まう民もまたそうなのだから。
「知っているなら教えてほしい。やはり曙光は、こちらの大陸を侵略しようとしておるのか?」
するとブライアンは「俺はスパイじゃありませんけど、あまりべらべらとしゃべっていい立場でもないんですがね」と言い、頭を掻いた。
「ま、いいでしょう。なにせ、女王陛下からのお願いであるわけですから」
「頼む」
「ノキア大陸とローラ大陸の一つの境界線。いわゆる百年水道と呼ばれる海域。わざわざそれをまたいでグスタフに兵を寄越したわけですが、奴さんらにはあまり肩入れしないと思いますよ」
「ならばなぜ、ビーンシィを滅ぼしたのじゃ?」
「曙光のどなたさんかの気まぐれなご意向では?」
「そんな理由で、カタリーナは死ななければならなかったというのか?」
スフィーダは口惜しさを覚えて、下唇を噛んだ。
「ですが、いつかは侵攻してくるでしょう。となると、グスタフに重きを置かないのだとすれば、恐らく足場はプサルムの南東、ハイペリオン共和国になる。あそこのブルース大佐殿は野心家ですしね。ヴィノー閣下、実際、かの国とは仲がいいわけじゃあないんでしょう?」
「否定はしません」
「なら尚のこと、そっちの備えは万全にしたほうがいいですよ、ってのは、いくらなんでも言いすぎですわな」
「もう分厚くしましたよ。我が国最強の兵士を回しました」
我が国最強の兵士。
それって……。
「ヨシュアよ、フォトンをやったのか?」
「はい。西から移しました」
「そうか……」
戦の匂いが濃いところにフォトンがいる。
それだけでもう、スフィーダの心配の種になってしまう。
だが、そうも言っていられない。
彼は兵士であり、戦士なのだから。
「話を蒸し返すようでなんですが、ビーンシィとグスタフの件、あれは本当にひどかった。だからね、俺はひそかにビーンシィの再興を願っているんですよ。継承順位トップのラース・アルマシー様はまだ十六だというが、なに、やろうと思えばやれない年齢でもない。女傑の家系の息子殿でもあることですしね」
「彼が立つとなった場合、個人的な思いではありますが、ぜひとも支えになって差し上げたいと考えています」
「ヴィノー閣下、それはそこに曙光の影があろうと、ですか?」
「貴方が言った通りですよ。いつかはやり合うことになる」
「事をかまえるなら、世に名高い閣下とメルドー少佐がいるうちがいいと、俺なんかは思うがね」
「時期はともかく、人柱のような存在は必要でしょうね」
スフィーダは俯き加減になる。
確かに、曙光と戦をするとなると、相応の覚悟が要る。
だからといって、フォトンとヨシュアを人柱にする?
そんなの嫌だ。
嫌に決まっている。
しかし、それもしょうがないことだと割り切る必要がある。
いざというときのことは、考えておかなくてはいけない。
なにがあってもきちんと振る舞うことを、肝に銘じておかなくてはならない。
女王という立場から考えた場合、ヨシュアとフォトンだけを特別扱いするわけにはいかないのだから。




