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第46話 孫からの贈り物。

       ◆◆◆


 年をとった者ほど、大げさな傾向にあるような気がする。

 裏を返せば、ただ必要以上に丁寧だというだけなのだが。


 鼻の下と顎に立派なひげをたくわえた老人は、跪いて「ははぁ」と座礼をしたのである。

 すかさずスフィーダ、「これ。そんな真似をするでない」と注意した。

 大の男に大仰な挨拶をかまされてしまうと恐縮してしまうのだ。


「まあ、座るのじゃ」

「はっ」


 老人の対応は尚も堅苦しい。

 緊張しているのか、動きもぎこちない。

 椅子に座る動きは、なんだか心許なかった。


 老人はグレーのベストにクリーム色のジャケットという恰好だ。

 黒い蝶ネクタイが愛らしい印象をもたらしている。


「まずは名前を聞かせてほしいのじゃ」

「姓がよろしいでしょうか? それとも名のほうがよろしいでしょうか?」

「どちらでもよいぞ」

「では、名のほうを。ローナンと申します」

「ローナンはいくつなのじゃ?」

「七十七でございます」

「おぉ。縁起のいいことじゃ」

「そうなのでございますか?」

「わしにとってはそうなのじゃ。ぞろ目じゃからの。して、今日はいかなる用件で参ったのじゃ?」

「用件はその、ないのでございます。ですから、申し訳ないとしか言いようが……」

「かまわぬ。ただわしに会ってみたいというニンゲンは少なくないからの」

「多少、言い方は不適切かもしれませんが、これは、その……」

「いちいち口ごもらずともよい。言いたいことを言えばよいのじゃ」

「では」


 ローナンはコホンと一つ、咳払いをした。


「孫からの贈り物なのでございます」

「どういうことじゃ?」

「陛下へのお目通りを申し込んだのは、孫なのでございます」

「そうじゃったのか。そうか。贈り物か。ということは」

「はい。私は陛下にお会いしたいと強く思っておりました」

「ならば申請くらい自分ですればよかったであろう?」

「とんでもございません。そんな恐れ多いこと、私にはとてもとても」

「うーむ。まあ、よい。とにかくそなたは、わしに会いたいと常日頃から思っておったわけじゃな?」

「そう申し上げた次第でございます」

「そういうピュアな思いは、とても嬉しく感じるのじゃ」

「やはり、陛下は考えていた通りの御方でございます」

「そうか?」

「はい。お優しゅうございます」

「わしはこれくらいが平均値だと思っておるがの」

「今ほど、この国に生まれてよかったと感じた瞬間はございません」

「それはなによりなのじゃ。して、ローナンはまだ仕事をしておるのか?」

「いえ。ずいぶんと前に退職いたしました」

「なにをしておったのじゃ?」

「警察官でございます」

「おぉっ。それは尊い職じゃ。正義の味方じゃな」

「ずっと交番勤務の下っ端ではございましたが」


 ローナンは、はにかんでみせた。

 顔をくしゃっとさせるさまには、なんとも言えない愛嬌がある。


「交番勤務のほうが、ヒトとの距離は近いじゃろう?」

「確かに、周りは馴染みのニンゲンばかりでございました」


 スフィーダはなんだか嬉しくなって、うんうんと頷いた次第である。


「そなたが送ってきた人生の中で得た知見みたいなものがあれば、ぜひ教えてほしい」

「そうでございますなぁ。世の中、そう悪いニンゲンはいないということでございましょうか」

「そういうものか?」

「ああ、いえ。語弊がありました。この国には、そう悪いニンゲンはいない。そういうことでございます」


 最近のスフィーダは、その筋の話には小さな小さな疑念を抱いているのである。

 そう思うこと自体、よくないことはわかっているのだが。


「陛下がお会いになってこられたニンゲンの中には、タチの悪い者もおりましたか?」

「タチが悪いとまでは言わんが」

「私がこれまで出会った中にも、悪辣なニンゲンはおりました。ですが、そういったニンゲンにも無垢な子供の時代があったのだと思うと、どうしても憎むことはできなかったのです」

「罪を憎んでヒトを憎まずというヤツじゃな?」

「まさにその通りでございます」

「まだ問うのは早いのかもしれぬ。じゃが問いたい。よき人生であったか?」

「このプサルムに生まれ、優しい両親に育てられ、よき友人と出会い、愛する妻とめぐり合い、子を得、子を育て、孫にまで恵まれた。これ以上の人生がございましょうか」

「素直にそう表現できる。それがローナンの素晴らしいところじゃな」

「私が申し上げたかったことを、最後に」

「うむ」

「陛下。いつも人心に寄り添い、私どもを見守ってくださり、感謝の念に堪えません。ありがとうございます」


 ローナンは立ち上がり、深々とお辞儀をした。

 そして、にこりと穏やかな笑みを浮かべてから、立ち去ったのだった。


「尊敬に値する人物です」


 玉座のかたわらに立つヨシュアが前を向いたまま言った。

 彼は目を細め、優しい顔をしている。


「おまえがそう言うなど、珍しいことじゃのぅ」

「そうですか?」

「そう思うぞ」

「それにしても、陛下は大したものございますね」

「ん? なにがじゃ?」

「どんなニンゲンとでも、話を広げられるではありませんか」

「そんなこと、そう難しいことでもないじゃろう?」

「いえ。そうそうできることではございません」

「まあ、わしの場合、どんな相手でも、とにかく興味をもってかかるからの」

「そのご興味はどこから来るのでしょう」

「やっぱりわしは、ニンゲンが好きということなのじゃろう」

「素晴らしいことでございます」

「おぉ。また褒められてしまったぞ」


 スフィーダ、かんらかんらと笑ったのだった。


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