第46話 孫からの贈り物。
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年をとった者ほど、大げさな傾向にあるような気がする。
裏を返せば、ただ必要以上に丁寧だというだけなのだが。
鼻の下と顎に立派なひげをたくわえた老人は、跪いて「ははぁ」と座礼をしたのである。
すかさずスフィーダ、「これ。そんな真似をするでない」と注意した。
大の男に大仰な挨拶をかまされてしまうと恐縮してしまうのだ。
「まあ、座るのじゃ」
「はっ」
老人の対応は尚も堅苦しい。
緊張しているのか、動きもぎこちない。
椅子に座る動きは、なんだか心許なかった。
老人はグレーのベストにクリーム色のジャケットという恰好だ。
黒い蝶ネクタイが愛らしい印象をもたらしている。
「まずは名前を聞かせてほしいのじゃ」
「姓がよろしいでしょうか? それとも名のほうがよろしいでしょうか?」
「どちらでもよいぞ」
「では、名のほうを。ローナンと申します」
「ローナンはいくつなのじゃ?」
「七十七でございます」
「おぉ。縁起のいいことじゃ」
「そうなのでございますか?」
「わしにとってはそうなのじゃ。ぞろ目じゃからの。して、今日はいかなる用件で参ったのじゃ?」
「用件はその、ないのでございます。ですから、申し訳ないとしか言いようが……」
「かまわぬ。ただわしに会ってみたいというニンゲンは少なくないからの」
「多少、言い方は不適切かもしれませんが、これは、その……」
「いちいち口ごもらずともよい。言いたいことを言えばよいのじゃ」
「では」
ローナンはコホンと一つ、咳払いをした。
「孫からの贈り物なのでございます」
「どういうことじゃ?」
「陛下へのお目通りを申し込んだのは、孫なのでございます」
「そうじゃったのか。そうか。贈り物か。ということは」
「はい。私は陛下にお会いしたいと強く思っておりました」
「ならば申請くらい自分ですればよかったであろう?」
「とんでもございません。そんな恐れ多いこと、私にはとてもとても」
「うーむ。まあ、よい。とにかくそなたは、わしに会いたいと常日頃から思っておったわけじゃな?」
「そう申し上げた次第でございます」
「そういうピュアな思いは、とても嬉しく感じるのじゃ」
「やはり、陛下は考えていた通りの御方でございます」
「そうか?」
「はい。お優しゅうございます」
「わしはこれくらいが平均値だと思っておるがの」
「今ほど、この国に生まれてよかったと感じた瞬間はございません」
「それはなによりなのじゃ。して、ローナンはまだ仕事をしておるのか?」
「いえ。ずいぶんと前に退職いたしました」
「なにをしておったのじゃ?」
「警察官でございます」
「おぉっ。それは尊い職じゃ。正義の味方じゃな」
「ずっと交番勤務の下っ端ではございましたが」
ローナンは、はにかんでみせた。
顔をくしゃっとさせるさまには、なんとも言えない愛嬌がある。
「交番勤務のほうが、ヒトとの距離は近いじゃろう?」
「確かに、周りは馴染みのニンゲンばかりでございました」
スフィーダはなんだか嬉しくなって、うんうんと頷いた次第である。
「そなたが送ってきた人生の中で得た知見みたいなものがあれば、ぜひ教えてほしい」
「そうでございますなぁ。世の中、そう悪いニンゲンはいないということでございましょうか」
「そういうものか?」
「ああ、いえ。語弊がありました。この国には、そう悪いニンゲンはいない。そういうことでございます」
最近のスフィーダは、その筋の話には小さな小さな疑念を抱いているのである。
そう思うこと自体、よくないことはわかっているのだが。
「陛下がお会いになってこられたニンゲンの中には、タチの悪い者もおりましたか?」
「タチが悪いとまでは言わんが」
「私がこれまで出会った中にも、悪辣なニンゲンはおりました。ですが、そういったニンゲンにも無垢な子供の時代があったのだと思うと、どうしても憎むことはできなかったのです」
「罪を憎んでヒトを憎まずというヤツじゃな?」
「まさにその通りでございます」
「まだ問うのは早いのかもしれぬ。じゃが問いたい。よき人生であったか?」
「このプサルムに生まれ、優しい両親に育てられ、よき友人と出会い、愛する妻とめぐり合い、子を得、子を育て、孫にまで恵まれた。これ以上の人生がございましょうか」
「素直にそう表現できる。それがローナンの素晴らしいところじゃな」
「私が申し上げたかったことを、最後に」
「うむ」
「陛下。いつも人心に寄り添い、私どもを見守ってくださり、感謝の念に堪えません。ありがとうございます」
ローナンは立ち上がり、深々とお辞儀をした。
そして、にこりと穏やかな笑みを浮かべてから、立ち去ったのだった。
「尊敬に値する人物です」
玉座のかたわらに立つヨシュアが前を向いたまま言った。
彼は目を細め、優しい顔をしている。
「おまえがそう言うなど、珍しいことじゃのぅ」
「そうですか?」
「そう思うぞ」
「それにしても、陛下は大したものございますね」
「ん? なにがじゃ?」
「どんなニンゲンとでも、話を広げられるではありませんか」
「そんなこと、そう難しいことでもないじゃろう?」
「いえ。そうそうできることではございません」
「まあ、わしの場合、どんな相手でも、とにかく興味をもってかかるからの」
「そのご興味はどこから来るのでしょう」
「やっぱりわしは、ニンゲンが好きということなのじゃろう」
「素晴らしいことでございます」
「おぉ。また褒められてしまったぞ」
スフィーダ、かんらかんらと笑ったのだった。




