表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/575

第45話 無乳も巨乳も大正義。

       ◆◆◆


 玉座のすぐ後ろに椅子を用意させ、スフィーダはその上に静かに座っている。

 三メートルほど離れた位置には、キャンバスと向かい合っているデニスの姿がある。


 デニスは水彩画を描くらしい。


「あまりお時間をいただくわけにはまいりませんから」


 そう考えているらしく、下書きだけして色は家で塗るとのこと。


 モデルを務めるにあたって、スフィーダはロング丈のドレスを選んで待っていたのだが、そしたらやってきたデニスに「ミニのドレスがようございます! ミニのドレスがようございます!」と激しく懇願され、仕方なくそうすることにした。


 着替えて私室から出ると、デニスはカエルのように床に這いつくばった。


「おぱんつは白でございますか!? おぱんつは白でございますか!?」


 おかげで必死になって裾を押さえる羽目になった。


 そんな流れを経て、お絵描きタイムは始まったわけである。


 絵のモデルなど、久しぶりだ。

 昔はちょくちょくやっていたものだが、最近はとんとご無沙汰だった。


 世に多く出回っているスフィーダの肖像画は、当然、ほとんどがコピー品だ。

 オリジナルは高値で取り引きされていることだろう。

 そのことについて、申し訳なさのようなものを感じる彼女である。

 人気者であることは嬉しいが、自分のために大金が動くのは、なんだかよくない気がするのである。

 まあそんなこと、考えたところで詮方ないことではあるが。


 さて、暇なのである。

 絵のモデルとはそういうものなのである。


 じっとしていると、不思議と昔のことが頭の中でよみがえってきた。

 幾度もモデルはこなしてきたわけだが、その中でもひときわ鮮やかな記憶というものがある。


 百年二百年どころではない。

 もっと以前のことだ。


 あの夜も、こうしてゆったりと椅子に座っていた。

 もっと言うと、しとやかに座っていた。

 硬い表情なんて浮かべなかった。

 終始、微笑していた。


 絵を描くニンゲン、男も微笑んでいた。

 実に優しい顔をして、木炭を使っていた。


 限りある時間を、お互い、とても大切にした。


 ああ、そうだ。

 そうだった。


 あの年のあの日、九月の満月の夜は、過ごしてきた生の中において、最も幸せな瞬間の一つだった。


 絵を描きたいと言ってきたのは、ジェル・メルドーという男だった。

 メルドー。

 すなわち、フォトンのご先祖様だ。


 幾代かを数えたわけだが、フォトンには確かにジェルの面影がある。


 ジェルも大柄な男だった。

 熊みたいに立派な体をした男だった。

 大きな声で笑う男だった。

 ときどきおちゃらけて、笑わせてくれる男だった。

 素直に想いを吐き出す男だった。

 そして、家を残すために決断した男でもあった。


 そんな男も年老い、しわくちゃに痩せさらばえ、ベッドから離れられなくなり、やがては最期のときを迎えることになり……。


 それでも、笑って死んだのだ。


 ああ、そうだった。

 ジェルはそういう男だった。


 ジェルの描いた絵は、家の目立つところに飾られているのだろうか。

 それとも劣化しないよう、どこかに保管されているのだろうか。

 現在の所有者であるフォトンは、どう扱っているのだろうか。


 恐らくは、どこかにこっそり隠してしまったことだろう。

 意外と独占欲の強い男だから、きっとそうだ。

 あの夜の特別な姿の女王陛下を、一人占めしているに違いない。


「できましたぞっ!」


 デニスの大きな声を聞いて、目が覚めたような気分になった。

 それくらい深く、ありし日の思い出に浸っていたのだ。


 スフィーダは椅子からおりた。

 満足げな顔をしているデニスのほうへと回り込み、キャンバスを覗き込む。


 すると、実際のスフィーダにはないものが付け足されていて……。


「な、なんじゃ、これは?」


 スフィーダ、ぽかんとなった。


 だって、胸がえらく盛られているのである。

 言ってみれば、巨乳なのである。


「デ、デニスよ」

「なんでございましょう? フフフフフ……」

「フフフフフ、ではない。わしはこんなに巨乳ではないぞ? ぺったんこじゃぞ? だいいち、デカチチだとひどくバランスを欠くじゃろうが。実際、そうじゃぞ? アンバランスにしか見えんぞ?」

「ロリ無乳は大正義でございます。しかし、ロリ巨乳もまた大正義なのでございます」

「言っていることの意味がよくわからんが……」

「ああっ!」

「ななっ、なんじゃ?」

「今日のデニスめは、巨乳を描きたかったのでございます」

「ますます意味がわからんな……。とはいえ、おまえがエロの権化であることは理解した」

「エロの権化。よい称号でございますなぁ……」

「遠い目をして悟ったようなことを抜かすでない」


 スフィーダはゆるゆると首を横に振った。


「これを持ち帰り、急ぎ色を塗り、みなのはあはあに役立てたい所存でございます」

「や、やはりはあはあはするのか?」

「はい。すりきれるほどいたします」

「そそ、その表現はあらゆる意味できわどすぎる気が……」

「ヴィノー様は、この絵をどう思われますか?」


 デニスが絵を描いているところをずっと眺めていたヨシュアは、すまし顔で拍手した。


「素晴らしい絵です。実に味わい深い」

「巨乳のわしが味わい深いのか?

「幼女なのに大きな乳房。素敵なことと言えるでしょう」

「えらくアンバランスだと言ったつもりじゃが?」

「そうは思いません。盛り方は適切と言えます」

「おまえもまた、ヘンタイじゃったのか」

「少なからず」

「児童ポルノ法に容赦なく抵触するぞ?」

「それがなんだというんです?」

「ええい、男はみな敵じゃ。七つや八つの幼女に巨乳をくっつけるなど、悪趣味にもほどがあるぞ」

「陛下の乳房が大きければ、希望が持てるのです」

「じゃから、無乳ではいかんのか?」

「それはそれで、民にはまた夢を与えます」

「ヨシュアよ、つまるところ、国民はわしになにを求めておるのじゃ?」

「いろいろでございます」

「そのいろいろの中身を言ってみろ」

「お断りいたします。長くなりますので」


 スフィーダ、肩を落として吐息をついた。

 乳房の大きさなんて、どうでもいいではないか。


 デニスが「次は無乳姿のスフィーダ様を描きに参ります」と言った。

 対してスフィーダは「いや、胸の話はもういい。じゃから、来るな」と暴言を吐いた。


 ヨシュアはクスクスと笑っていた。


 シュールだ。

 とにかくシュールな一件だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ