第44話 ファンクラブの存続危機。
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双子の近衛兵、ニックスとレックスに挟まれ歩んでくるニンゲンの姿を確認した瞬間、スフィーダはギョッとなった。
眼鏡をかけている痩せ型のその男は、以前、なんだろう、辱めてくれたとでも表現すべきか、まあとにかく、そんな気持ちにまで追い込んでくれたデニスである。
だが、妙だ。
あの日は、散々、全身を舐め回すようにして見てくれて、果ては「オカズにさせていただきます!」などという露骨な発言までしてくれたにもかかわらず、今日のデニスときたら、まるで元気がない。
肩を落として、とぼとぼと近づいてくる。
やがて、がっくりと崩れ落ちるようにして、謁見者用の椅子の隣に跪いた。
疲れ果てたような様子で、なにも言わない。
スフィーダはさすがに戸惑いを覚える。
黙っていてはらちがあかないと思ったので、声を掛けてみることにした。
「の、のぅ、デニスよ、今日はどうしたのじゃ? 元気がないようじゃが」
「わたくしめごときのことを覚えていてくださったのでございますね。まこと恐縮、恐縮の極みでございます」
「忘れられるキャラでもないのでな。もう一度、問う。元気がないのはどうしてじゃ?」
「下半身も元気がないのでございます……。息子もしょんぼりしているのでございます……」
「い、いや、そんなことは訊いておらんぞ?」
「ああっ!」
「い、いきなり大声を出すでない」
「ああっ! あああっ!」
「だ、だからじゃな」
「デニスめはどうしたらよいのでございましょう! 教えてくださいませ、スフィーダ様!」
「そなたはまだなにも話しておらんじゃろうが。なにがあったのか。まずはそこのところを教えるのじゃ」
スフィーダはびっくりしっぱなしである。
その一方で、デニスはなんと食いつきがいいことか。
「ああっ、慈悲深きとはまさにスフィーダ様のこと。感動のあまり、デニスの下半身は蕩けてしまいそうでございます!」
「な、なぜ下半身が蕩けるのじゃ」
「その細く綺麗なおみ足に頬ずりしとうございます!」
「は、話に脈絡がなさすぎるぞ」
「今日のおぱんつのお色も白なのでございますか?」
「教えぬわっ」
「実は……」
「う、うむ」
「実は、最近、クラブの会合の集まりが悪うございまして……」
「クラブの会合?」
「ファンクラブでございます。ちなみにクラブ名は、<WE・LOVE・スフィーダちゃんの会>でございます」
「む、むむむむむっ。そういう名前じゃったのか」
「シンプルにして秀逸だと自負しております」
「そう思うのは勝手じゃが……。して、ヒトの集まりが悪いと、なにかまずいことでもあるのか?」
「仲間が減ると寂しいものでございます」
「まあ、それはそうじゃな。そうかもしれんな。して、具体的には、日々、どんな活動をしているのじゃ?」
「それはもう、決まっているではございませんか。スフィーダ様への愛を語り合うのでございます。そして、最後はみなではあはあするのでございます」
「は、はあはあ?」
「はい。必ず出尽くすまで手で息子を――」
「よ、よい。その先はもうよいっ」
「デニスめは、少し元気が出てまいりました。ここではあはあしてもよろし――」
「ダメに決まっておるじゃろうが!」
「ああ……やはりイマイチでございます。高ぶらないのでございます。陛下を前にしてのこの体たらく。デニスめは死にたくなってまいりました。そもそもです。スフィーダ様はご自身のファンクラブがなくなってしまうと、寂しくはございませんか?」
「む、むむむっ。また微妙なことを訊いてくるのぅ。まあ、活動内容については一考してもらいところじゃが、なくなってしまうのは……」
「残念に思われますか?」
「う、うむ」
デニスは「そのお言葉が聞けてホッといたしました」と今日初めて笑った。
「なんじゃったら、ファンクラブのみなを誘って来てみるか?」
「なんというお心広きお言葉。ですが、答えはノーでございます」
「そうなのか?」
「もともと根暗なニンゲンの集まりなのでございます。スフィーダ様に会うなど恐れ多い。そう考え、みな、尻込みするに決まっております」
「むぅ、そうか。となると、あるいは、会員をファンクラブにつなぎ止める鎖のようなものがあったらよいのかもしれんのぅ」
「おぉっ! それです、それでございます! デニスめはそれが言いたかったのでございます!」
勢いよくビシッと指差してきたので、スフィーダ、思わず身を引いた。
デニスのノリが、彼女はやはり苦手である。
「提案がございます。お聞き入れいただけますか?」
「聞き入れるかどうかは話次第じゃ」
「スフィーダ様の絵をいただきとうございます」
「絵じゃと?」
「はい。肖像画でございます。それさえあれば、また新たな気持ちで、みなもはあはあに取り組むことでございましょう」
「はあはあはよしてもらいたいのじゃが……」
「こう見えてもデニスめには絵心がございます。後日、道具を持ってまいりますので、ヴィノー様、どうかまた、謁見の場を設けていただきとうございます」
今日も玉座のかたわらに控えているヨシュアは「わかりました。明日でかまいませんよ」と簡単に返事をした。
彼があまりにすんなりとオッケーしたものだから、スフィーダは「待ち行列というものがあるじゃろう?」と意見した。
「陛下」
「な、なんじゃ、真面目ぶった顔をしよってからに」
「はあはあは大事でございます」
「なっ、なぬっ?」
「大事なのでございますよ」
「さすが、ヴィノー様はわかっていらっしゃる」
デニスはにやりと笑い、ヨシュアは不敵に「ふふ」と笑んだのだった。




