表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/575

第43話 眠れぬ夜に。

       ◆◆◆


 いわゆるおやすみ三秒を自負または自認しているスフィーダであるが、寝つけぬ夜もあったりする。


 少し蒸し暑い。

 そこで、パジャマから白いビキニに着替え、髪をアップに結い、バスタオルを手に取った。

 バシャバシャ泳いだら体もそこそこ疲れて、眠くなるのではないかと考えたのだ。


 私室から玉座の間へ。

 プールを目指す。


 テラスに出たところで、一キロメートルほど先の空中において、赤や白の光が瞬くのを見た。


 スフィーダ、目を凝らすのである。

 一キロメートル程度の距離であれば、なんなく目標物を視認できてしまう彼女の視力である。


 二人と一頭が浮遊している。

 浮遊しながら交戦している。


 一人は、普段着と言っていい白い魔法衣に身を包んだヨシュア。

 もう一人は、赤い魔法衣をまとう青肌の魔法使い、名は確かイーヴル。

 一頭とは、身の丈三メートルほどの翼竜、赤肌のドル・レッドだ。


 少年のように映るイーヴルは二度目、ドル・レッドに至っては三度目の来襲である。

 やはり今回も移送法陣を使用し、ここ、首都アルネの直上にワープしてきたものと推測される。


 イーヴルは、やはり吸血鬼のたぐいだろう。

 ドル・レッドについても言えることだが、彼らが何年生きているかなんてわからない。

 自分より年を食っているのではないかと、スフィーダは考えている。

 そういう結論に至る根拠がいくつかあるのだ。

 だからといって、せんぱいづらさせるつもりなど毛頭ないが。


 それにしても、吸血鬼が赤い魔法衣に身を包んでいるのはなぜだろう。

 好みで着ているのか、それとも本当に曙光の者なのかは、現状、図りかねる。

 ドル・レッドについても、わからない。

 どうして吸血鬼と一緒にいるのだろう。

 不可解なこともあるものだ。


 イーヴルとドル・レッドの本当のターゲット、それは自分だろうとスフィーダは確信している。

 とはいえ、暗殺者と呼ぶには多少ならず手ぬるい。

 その点から、彼らの独断的行動だろうと予測がつく。


 それにしても、ヨシュアが誰より早く対応できたのはどうしてなのか。

 その点、ちょっと不思議だ。

 あとで訊ねてみようと思う。


 スフィーダ、プールサイドのへりに立ち、しばし考えた。

 結果、自分も加わってやろうと決め、現場にまで出向くことにした。


 ぴゅーっとハイスピードで飛ぶスフィーダ。

 彼女に気づいたドル・レッドが炎を吐いた。


 ヨシュアが、真横に払うよう左手を動かした。

 バリアを展開したのである。

 炎は完全にシャットアウトされた。


 イーヴルもドル・レッドも、肩で息をしている。

 無理もない。

 向こうに回した敵はヨシュアなのだから。


 ヨシュアの隣に並んだスフィーダ。

 彼は「陛下、どうして水着なのでございますか?」と訊いてきた。

 彼女は「まあ、気にするでない」とだけ答えておいた。


「して、どうする? 青き吸血鬼に赤き翼竜よ。まだやるというのなら、次はわしが相手になるぞ?」


 すると、ドル・レッドときたら、重低音で「グガアアアアアッ!」と咆哮した。

 あまりのやかましさに、両の人差し指で両の耳の穴をふさいだスフィーダである。


 スフィーダの「わかった。やるのじゃな?」という問い掛けに対して「……引く」と静かに返答を寄越したのはイーヴルだった。

 

 なにせ竜であるわけだから表情は読み取りにくいが、それでもドル・レッドが驚いたのはわかった。

 目を見開いて「イ、イーヴル、俺はまだやれるぞ!」と戸惑ったように言ったのだ。


 しかし、イーヴルの引き際はあっさりしていた。

 自らの体を飴色の筒ですっぽりと包んだ。

 移送法陣を使用したのである。


「この屈辱、忘れんぞぉぉぉっ!」


 敗者の弁を怒鳴り声で述べながら、ドル・レッドも続いた。

 飴色の筒で自らを包み込み、その筒の消失とともに姿を消したのだった。


 ヨシュアは「ふぅ」と息をつき、スフィーダは「やれやれじゃ」と言った。


「もうすっかりおねむの時間でございましょう?」

「これからナイトプールとしゃれ込むのじゃ。というか、おねむじゃと? 子供扱いするでない」

「言われてみると、髪を結い上げられ、少々セクシーでございますね」

「そうじゃろう、そうじゃろう」

「いえ。冗談でございます」

「し、失礼な奴じゃな」

「城へお戻りを」

「そうするか」


 かくして、ともに帰還することとなった。




       ◆◆◆


 プールサイドに腰を下ろしたスフィーダの両肩には、バスタオルがのっている。

 かたわらにいるヨシュアは、お行儀よく立っている。


「ヨシュアよ、質問じゃ。どうしていち早く出撃できたのじゃ?」

「偶然でございますよ。夜の散歩中でございました」

「こんな時間に散歩か?」

「妻と散歩ができるのは、遅い時間帯だけでございますから」

「それは、そうじゃな……」


 ヨシュアは日中、最側近としてスフィーダと一緒にいる。

 その仕事が終わっても、軍の大将職にあるのだから、いろいろと忙しいことだろう。


「のぅ、ヨシュアよ。おまえの意思如何によっては、わしも一考するのじゃぞ?」

「最側近を務めるにあたり、私以上の適任者が?」

「そうは言っとらん。じゃが……」

「陛下はなにもお気になさらず。私は私で楽しんでおりますので」

「楽しいのか?」

「ええ。陛下をからかうことが」

「そういうことか。コイツめ、コイツめ」


 スフィーダはヨシュアに、手ですくった水を飛ばしてやる。

 魔法衣を濡らされようが、許容範囲なのだろう。

 彼は特に嫌がる素振りは見せない。


「寂しゅうございますか?」

「やはりの、やはり、そう感じてしまう瞬間があるのじゃ」

「大将の権限で、なんとでもなりますが?」

「それをやられて喜ぶような男でもあるまい。……それでも」

「それでも?」

「またフォトンに会いたいのぅ……」


 夜空を仰ぐスフィーダの目には、ほんの少し、涙が滲んだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ