第41話 十七歳コンビの関係。
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ヨシュアに言って、ピット・ギリーとミカエラ・ソラリスを呼んでもらった。
二人は以前、移送法陣にて首都直上に現れた、赤肌の翼竜と青肌の吸血鬼を退けた男女である。
呼び出してもらわなければならない理由なんてない。
もう一度、否、もう一度と言わず、何度も話をしてみたいという純粋な思いがあるだけだ。
夕方の時間帯、黒ずくめの二人は玉座の間を訪れた。
赤絨毯の上を堂々と歩いてくる姿が素晴らしい。
緊張している様子はまるでない。
本当に肝が据わっているのだ。
ピットとミカエラは同時に片膝をつく。
スフィーダのゆるしに従い、揃って顔を上げた。
立つように伝えると、目をぱちくりさせてみせた。
よいよいと彼女は促し、二人を起立させたのだった。
「それで、陛下っつーかスフィーダ様、なんの用スか?」
そんな口の利き方をしたからだ。
ピットはミカエラに頭をぽかっと叩かれた。
「前にも言ったことじゃが、気軽に接してもらえたほうが、わしとしては嬉しいぞ」
「ですが、スフィーダ様」
「ミカエラよ、本当によいのじゃ」
「しつこくするつもりはありません。わかりました」
「そうじゃそうじゃ。それでよい」
「用件を言ってください」
「おぉっ。そなたもせっかちなのか」
「早く訓練所に戻って、サンドバッグを殴りたいんです」
「コイツ、ほっといたらメシも食わないで殴り続けるんスよ。ホント、馬鹿っぽいスよね」
「アンタにだけは馬鹿って言われたくない。っていうか、あたし、寝ぐせ直してこいって言ったよね?」
「水つけたよ。なんとかしようとしたよ。だけど、どうにもならなかったんだよ」
「ほら。やっぱり馬鹿」
「寝ぐせと馬鹿がどう関係してんだよ」
「察しろ、いい加減。これ以上、スフィーダ様の前でアンタの頭をぽかすか殴りたくない」
「そもそもなんで殴るんだよ」
「馬鹿だから」
「また馬鹿って言いやがったな」
二人のやり取りがおかしくて、スフィーダは声を上げて笑った。
続いて、本題に移ろうと考えた。
実際、口に出すことにする。
「そなたらは付き合っておるのか?」
すると、二人は顔を見合わせて、それからスフィーダのほうを向き、同じように激しくかぶりを振ってみせた。
ピットは「幼馴染みってだけッスよ」と言った。
ミカエラは「あたし、馬鹿は嫌いです」と言った。
「しかし、互いにそう言うわりには、いつも一緒なのじゃろう?」
「それはまあ、そうッスけど……」
「その昔、コイツはあたしの胸を触りました」
「い、いきなりなに言い出すんだよ。つーか、あれはおまえがいいっつったから――」
「そういうわけなので、コイツはあたしのことが好きなのかもしれません」
「ねーよ。それはねーよ。俺は女の胸が好きってだけだ」
「ピット、アンタ、ちょっと最低なこと言ってるよ? 気づいてる?」
「うるせーよ」
「うるさいのはアンタだよ」
スフィーダ、また笑う。
愉快すぎて、腹を抱えて足をばたばたさせてしまった。
一通り笑ったところで、一つ咳払い。
新しい話を切り出すのである。
「そなたらは士官学校を出たのじゃな?」
「そッスよ。十歳で入って、十五で卒業したんス」
「そうか。十歳か……」
「あれ? スフィーダ様、ひょっとして、ご存じなかったんスか? 十歳から入学できること」
「いや。その旨、少し前にヨシュアから聞かされた。それまではまあったく知らなかったのじゃ」
「ま、無理ないッスよね。スフィーダ様は知らなくてもいいことッスから」
「そう言われると、少々、寂しい気もするのじゃが」
「でも、もうなくなったッスよ、その仕組み」
「あまり大っぴらにはなっておらんらしいが、こやつが物申して、廃止させたと聞いた」
スフィーダは左方を見上げた。
玉座のかたわらには、ヨシュアが控えている。
目を閉じている彼は「兵を志すにあたり、十は早すぎます」と言った。
「でも、俺達って、実際、十歳で兵士になりたいって思ったんスよ」
「それはどうしてじゃ? 前に話していた通り、この国を守りたいと考えたからか?」
「具体的に言うと、社会とか歴史とかで、曙光のことを習ったからッス」
「教師は曙光を悪と教えたのか?」
「世界の統一に乗り出すかもしれないとだけ教えられたッス。ホント、それだけだったんスけど、でも、いざ曙光がこの国に攻め込んできたら、どうするのかなって」
「そうそう。アンタ、そう質問して、先生のこと困らせたよね」
「困るほうがおかしいんだよ。だってそうなったら誰かが戦うしかないじゃんよ」
「否定はしない。っていっても、あたしは気に入らない奴を殴るだけだけど」
「士官学校に入りたいと言ったとき、親の反応はどうだったのじゃ?」
「ウチは、あっそ、みたいな感じでした。もともとそれなりに軍人を出してる家系なんで。ミカは相当、反対されたみたいッスよ」
スフィーダはふむふむ頷いてから、「ミカエラ、そうなのか?」と訊ねた。
するとミカエラは呆れたように肩をすくめ。
「底辺貴族の女は上級貴族様の男を捕まえてなんぼ。そういうことです」
「なるほどのぅ」
「もう行っていいですか? 殴りたくてうずうずしているので」
「ホント、野蛮な女だよ、おまえは」
「ピット、アンタがサンドバッグになる?」
「ミカエラよ、すまんが今夜はわしのわがままを聞き入れてはくれぬか?」
「わがまま? どんなわがままですか?」
「そなたらとディナーをともにしたいのじゃ」
また顔を見合わせた二人である。
「俺は全然いいッスよ。つーか、光栄ですって言わなくちゃなんないッスね」
「わかりました。あたしも今日はもう諦めます」
「色好い返事、痛み入るぞ」
十七歳のこのコンビ。
スフィーダはたいへん好きである。




