第400話 クライム。
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玉座の間。
赤絨毯の上に、男が二人いる。
一人は黒い軍服姿の若者。
もう一人は後ろ手に拘束されている老人である。
老人は貴族ではないのか。
茶色い着衣に派手さはないが、ただただ高貴さだけは伝わってくる。
スフィーダは難しく、また険しい顔をして、「老人を拘束している理由はなんじゃ? あまり感心せんぞ」と告げた。
すると男が「罪人を罪人として扱って、なにが悪いと?」と、ますます卑屈な笑みを寄越してきた。
「じゃが、その老人にはもはや逆らう気持ちはないように見えるぞ?」
「そう見えるだけでしょう? この男は立派な犯罪者だ」
「なにをどう犯したのじゃ?」
「レジスタンスと決起して、国に仇を成そうとしました」
「本当にそうなのか?」
「でなければ、この老いた男を拘束する理由がない」
老人に対してスフィーダは「そなた、名前はなんという?」訊ねた。
レイアムと申しますという返答があった。
「レイアムよ、やはりそなたは貴族に見えるが?」
「多くを語るつもりはありません。ですが、貴族であり、ぐぁぁっ!」
レイアムのことを前のめりに、男は倒した。
彼の背に右の膝を押しつけ、さらに悲鳴を上げさせる。
「やめよ。いい加減、怒るぞ。そなたはいったい、何者じゃ?」
「キュルクといいます。中佐です。以後、お見知りおきを」
「悪い記憶になるぞ」
「このじじいが蜂起しようとしていたことは事実です」
「じじいは言いすぎじゃ」
スフィーダは顔をゆがめた。
「まずはレイアムを解放せい。でなければ、そなたの言い分など聞かん」
「聞いていた通りだ。スフィーダ様は甘いのですね」
「甘い……そうじゃの。しかしわしの期待を裏切るような輩には容赦せんぞ」
「レイアム卿は犯罪者です」
「それは聞いた」
「重度の犯罪者です」
「それも聞いた」
「でしたら――」
スフィーダはキュルクの右膝のせいで拘束されている老人に対して、「レイアムよ」と呼び掛け「わしにはそなたが悪者であるようには見えん」と告げた。
するとキュルクは「ほぅ」と言い、嬉しげな含み笑いをしてみせた。
「罪人を擁護すると? スフィーダ様はそうあると?」
「キュルクよ、性格がひねくれていれば、それは表情に出るものじゃ」
「女王陛下にあるまじき発言ですね」
「レジスタンスだとしよう。じゃが、レイアムはなにをやった?」
「レジスタンスはレジスタンスです。そこに疑いようの余地などありましょうか?」
キュルクに悲しみの視線を送るスフィーダ。
「キュルクよ、そなたはレイアムに対して、それはもうひどい拷問をしたのじゃろう?」
「だから、それは正しいことだとわたしは言って――」
「じゃったら、レイアムのことはこちらに任せよ。非道な犯罪に手を染めていたのであれば、その旨、関係者に伝える」
「スフィーダ様、貴女は後悔しますよ?」
「うるさい、馬鹿者めが。おまえは何様のつもりじゃ」
スフィーダは玉座から立ち上がった。
歩みを進め、そして、キュルクの左の頬を、右手でぶってやった。
「去れ、キュルクよ。そなたの顔など、もう見たくない」
キュルクはまた、にぃと笑みを浮かべた。
もう一度ぶってやろうとしたところで、ヨシュアに「陛下」と呼び止められた。
ヨシュアは「私が代わりを担います」と言い、キュルクの右の頬を左手で強烈に張り飛ばした。
赤絨毯の上に転がったキュルクは、癪に障る笑みを顔全体に張りつかせた。
「狭量なことだ、ヴィノー閣下」
「聞き捨てなりませんね。クビにされないよう祈ってください」
「本当に、実に狭量だ。私は真実を明かしただけだというのに」
「しかし、キュルク中佐、あなたの心の奥底には、サディスティックなニュアンスがあるようにしか思えない」
「そうお考えになるのはご自由です。まあ、見ていてください、閣下。わたくしキュルク中佐が、現実をご覧に入れてさしあげますよ」
◆◆◆
キュルクの上司は部下を守ったらしい。
レイアムに拷問を強いたことを許容したらしい。
今日も玉座の隣に控えているヨシュアからその旨を聞いたスフィーダは、「馬鹿なっ!」と憤った。
「そこにあるのは事実じゃろうが! どうしてそんなことがまかり通るのじゃ!!」
「声を荒らげないでくださいませ」
「荒らげたくもなる!」
「キュルク中佐は裁判にかけます」
意外なことだったので、スフィーダは「へっ?」間抜けな声を発し、それから「そうなのか?」と問い掛けた。
「私の判断です。寝かせませんよ、彼のことは。それこそ彼にはレイアム卿を拷問に晒した嫌疑かかっている。逃がしません。私の思いです」
スフィーダはホッとした。
「さすがじゃ、おまえは。心強く思う」
「レイアム卿とは古い付き合いなんです。そして私が知る限り、レジスタンスだということはない。彼は今のプサルムに対して愛情を抱いている」
「ただ、今回の件は、わしが至らんかったからではないかと思っておってじゃな――」
「考えすぎでございます」
「そうか?」
「はい」
ヨシュアの「はい」には、いつだって威力がある。
「それにしても、キュルクはどうして、わしのもとにレイアムを連れてきたのじゃろうか」
「自らの正当性を強烈に説きたかったからでは?」
「そういうことになるのか?」
「私個人はそう考えます。彼らを自然に通してしまったことによって、レイアム卿には悪いことをしてしまったのですが。しかしどうあれ、この場で断罪できたことは、よかった。失態ですね、キュルク中佐の」
「キュルクは思い切った行動をとったものじゃの」
「私がしばしば申し上げる言葉がございます」
「それはなんじゃ?」
「あまり深く考えないことですよ」




