第399話 過剰接種者。
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タイミングが、よかったのだ。
ヨシュアの移送法陣にて転送された先も、結果的にオッケーと言えた。
赤備えがいる。
渡り鳥らのような鶴翼の陣で構えている手合いがいる。
「目的は問わん。排除させてもらうぞ!」
スフィーダは強い声でそう叫んだ。
他の多数の赤備えらがあっという間に、村の上空に至る。
ここに来て、村人に対して、無差別に攻撃をし始めた。
「やめよっ!」
スフィーダはそう叫んだ。
鶴翼の陣の先頭、すなわち、リーダーであろう赤備え。
その男の表情には卑屈さがあった。
醜くゆがんだ笑顔で、男は言う。
「早く防御に回ったほうがいいですよ? 私は部下らに対して、すべてを抹殺するよう聞かせましたから」
「おんのれぇぇっ!」
ヨシュアが「雑魚どもは私が屠ります。陛下は目の前にいるあの阿呆の相手をしてくださいませ」と言った。
任せてもらえるのは、信頼の証だ。
ヨシュアが村目掛けて飛んでゆく。
リーダーを除いた赤備えが、彼のあとをすかさず追う。
スフィーダ、口をへの字にする。
にっくき男に対して、「おまえはもう終わりじゃ。観念せい」と告げた。
「果たして、終幕なのでしょうか」
「そう言っておる」
「たとえばスフィーダ様は、ルフランという麻薬をご存じですか?」
「幸せだったときを取り戻せた気になるという、馬鹿馬鹿しい薬じゃろう?」
「ふふ……。馬鹿馬鹿しいと断じてしまわれますか」
「なに?」
「私には戻りたい過去などない。そんな男がルフランを打つことで、打ち続けることで、一つの可能性に気づき、結果、強大な力を得た」
「じゃから、そなたはなにを言って――」
「今の私にとって、スフィーダ様、貴女は敵ではない」
男の背後に、液体がかたちを成したような数個の小さな黒い球が浮遊した。
球はスフィーダ目掛けて、突っ込んできた。
勢いがある、スピーディだ、頑強そうだ。
刹那のタイミングで、スフィーダはそれをバリアで防いだ。
威力十分。
かなり強い。
防御に徹さざるを得ない。
だが、それでもなんとか弾き切った。
「赤備えぇっ! おまえは何者じゃぁっ!」
二十メートルとまでは言わない距離で、くだんのニンゲンは両手を広げてみせた。
「ですから、ルフランにより新しい世界を掴むことができたニンゲンですよ」
「引け!」
「お断りする!」
「最後通牒じゃ!」
「だとしても、お断りする!!」
スフィーダは舌打ちした。
面倒な輩だ。
奴が放つ黒い球には確かな力がある。
どんどんどんどん向かってきて、バリアとぶつかって鈍い音を立てるのだ。
不思議だ。
ニンゲン一人が捻り出す攻撃力ではないようにも思われる。
正直、じり貧だ。
麻薬を食らって途方もない力を得る。
それもまた、ヒトの可能性が成せる技なのだろうか。
厄介な話である。
恐ろしい事象だとも言える。
体に悪いモノでしかないであろう薬も、妙なかたちでフィットするニンゲンがいるらしい。
だからと言って、引いていいシチュエーションではない。
倒すしかないのだ。
敵は強い。
幾度も何発も、黒い球をバリアにぶつけてくる。
そこにはなにかの考えがあるのだろうか。
そんなこと、どうでもいいのだが。
そのときだった。
男の頭上から、瞬く間にヒトが降ってきた。
フォトンだ。
ときにフォトンが得意とする不意打ちではあるものの、本当の強者ならそれすら凌ぐはずだ。
しかし、フォトンは赤備えのリーダーを、その巨大な剣でもって、真っ二つに斬り裂いた。
二つに分かれたリーダーの、男の死体を、上空からの筒状の炎で焼き尽くしたのはヴァレリアだ。
フォトンとヴァレリア。
相変わらず、いいコンビである。
近づいてきたフォトンとヴァレリアが、宙に浮いたまま、スフィーダの前で片膝をついた。
スフィーダは二人に立つように促した。
スフィーダが「正直、ちょっと危なかったのじゃ」と苦笑を浮かべると、ヴァレリアは微笑み「またご冗談を」と返してきた。
「ピットの七宝玉に近い代物じゃった。異なるのは、魔法で練り出した球を直接ぶつけてきたという点じゃ。案外、そういった魔法は思いつかんものじゃ」
「陛下はある意味、お褒めになっているようですが、少佐が降ってくることに気づかなかったということを考慮すると、やはり大した敵だとは言えませんね」
「ヴァレリアよ、そなたの分析はざっくりじゃが、それでも的確だと思うぞ」
「恐れ入ります」
ヨシュアが戻ってきた。
例によって、宙で片膝をついてみせる。
「よい。ヨシュアよ、立て」
立ち上がったヨシュア。
「どういった輩でございましたか?」
「手ごわくないこともなかった」」
「危険人物だったのでしょう?」
「そこまで大げさな話ではないように思う」
「相変わらず、楽観的な結論でございますね」
「そうでもないぞ」
「というと?」
「赤備えの全容が知れん。そうである以上、警備を緩くするのはいかんと考える」
「数で押し潰しには限界がありますが、その手法しかありませんね。事あるごとに陛下や私、それにフォトンが出るのは現実的ではない」
「ほんに、つらいところじゃのぅ」
「数ある部隊の中心には、常にやり手を配置しています。それでも敵わないとなると」
「それこそ、難しいところだというわけじゃな?」
「どの兵士の士気も高くあることが幸いでございます」
「無駄死にはしないようにと伝えてくれ」
脱力するようにして、スフィーダは息をついた。
勇者達に幸あれと、祈ることしかできなかった。




