第384話 つまらない議事録。
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ウィークデイ。
玉座のすぐそばに設けさせたテーブルにおいて、スフィーダはヨシュアと向かい合っている。
メインディッシュである白身魚のムニエルがおいしい、かなりおいしい。
厨房のみなに、ありがとうと言いたい。
「ティターン連邦の大統領。彼が会いたいと伝えてきました」
「へっ? 大統領?」
「リエン・ヴァイス氏ですよ」
「それくらいは覚えておる」
「以前に会いましたでしょう?」
「だから、それくらいは覚えておる。なにを切り出してきたのかが問題じゃ」
「ほぅ。意外と賢いではありませか」
「馬鹿にするのもたいがいにせい」
「リエン大統領は特段の用事はないと言っているそうです」
「だったら、どうしてわざわざ出向いてくるのじゃ?」
食事を終え、ナプキンで口元を拭ったヨシュアである。
「恐らくではありますが」
「恐らくでよい」
「助力するから、事が成った暁には、ハインドの一部を寄越せという無理難題を押しつけてくるものかと」
スフィーダは眉根を寄せ、「はあ?」と口を開けた。
「おまえが無理難題と言ったとおりじゃ。そんなアホな要求が通ると思っておるのか?」
「通る通らないはともかく、最終的な目的はそうだと考えられます」
途端、ぷんすこのスフィーダだ。
腕を組んだりもする。
「ハインドはハインドじゃ。ハインドのニンゲンが統治すべきじゃ。そこのところを取り違えておるのじゃったら、わしがじきじきにリエンのことを締め上げてやるぞ」
「気持ちや思い、あるいは感情いかんで国の成り行きを決めるなど、あってはならないことです」
「小難しいことはよい。わしはおこじゃ。三十路そこそこその若造に遅れをとるということはあってはならん」
「リエン大統領は、国力の巨大さもあってか、対外的にも強気一辺倒です。そして、まあそうでなくとも」
「そうでなくとも、なんじゃ?」
「リエン大統領は、陛下と直接話がしたいようです」
「む。実のところはそうなのか?」
「我が国において実務をこなしている最高責任者は間違いなくアーノルド首相なのですが、そのプロセスを無視している。言い方を変えれば、リエン大統領は陛下としか握るつもりはないということです」
「まあ、つまるところはそうなのじゃろうな」
「会談の行く末がよくないと判断したら、真っ先にアーノルド首相が待ったをかけます。私も同様です。裏を返せば、私どもが黙っているようなことがあれば、そのときは話を進めていただいてよいということです」
スフィーダは「ほほぅ」と笑んだ。
それから「ふふ」と口元を緩め、ヨシュアと目を合わせた。
「やってやるぞ、ヨシュアよ。心配するな。わしに任せておけ」
ヨシュアは仕方なさそうに笑った。
「二千年以上の生における知見、あるいは生き様。それはつらくともときに喜びもあったことでしょう。だからこそ、私は陛下を信頼し、また敬っているのでございます」
「敬っておるじゃとぅ? その割には、おまえはわしをからかってばかりではないか」
「ぷんすこですか?」
「激おこじゃ」
「まずは会ってみましょう。事はそれから始まるのですから。陛下の大物ぶりには、つくづく頭が下がります」
「そうじゃろう、そうじゃろう、ふははははっ」
スフィーダは椅子の上に立って、目一杯、胸を張った。
「お行儀が悪うございますよ」
ヨシュアに注意されるのは、いつものことだ。
リエンとの会談のネタ、それについては、ヨシュアの言う通りだろう。
折れるわけにはいかない。
そこにあるのはプサルムの意地と信念だ。
双方の意見がとにかく合わなければ、とっととお帰り願うしかない。
恐らくそうなることだろうから、議事録はつまらないものになるだろう。
会ったという事実だけが残されていれば、それでなんら、問題はない。
リエン・ヴァイス。
この期に及んで和平案を持ってくるなら、逆に憎たらしいというものだ。




