第382話 逐一の報告。
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謁見者の訪問が終わった夕刻。
玉座の間に、またもやヴァレリアが訪れた。
立礼で済ませて、彼女は肘を抱える。
ヴァレリアは本当に女の部分が顕著で必要なところは豊満で、くびれているべきところはくびれていて、だからこそ、普段から著しく視線を集めてしまうのだが、加えて今日はえらく、まとう黒い魔法衣を切り刻まれている。
だから、いつもより大いに肌が晒されている。
うぶなスフィーダからすれば、鼻血ものだ。
しかし、そうも言っていられない。
なにより慌てて、スフィーダは「どどっ、どうしたのじゃ、ヴァレリア」と、どもりながら言った。
赤絨毯の上で、ふぅっと吐息をつくと、ヴァレリアはにこりと笑った。
「一時のサボりでございます」
「サ、サボり?」
「くだんの巨人族らに付き合っております。しかも最前線において、です」
「いくらなんでも、それくらいは知っておる」
「少佐に少し休めと言われまして」
「フォトンに?」
「はい。私の二倍も三倍も働いているのが少佐なのですが、少し手があけば、なによりも先に部下に休めと言います。だからそれはまあ、私達みたいな下っ端からすれば、ありがたい話なのですが」
「だ、だったら、フォトンはいつ休むのじゃ? フォトンは大丈夫なのか? きちんと生きておるのか?」
「私は少佐より純粋で攻撃的で好戦的な男を知りません。だからまあ、惚れているわけですが。ああ、少佐に抱かれたいなあ、一刻も早く、乱暴をしてもらいたいなあ……」
「抱かれる抱かれんの話はどうだってよい。わしが助太刀に出たいぞ」
「戦場における経験、経験からもたらされる勘。それらを含めると、少佐はすでに、陛下を凌いでいるのかもしれません」
その文言をすぐに否定する言葉が見当たらなかった。
「少佐が支えます。どのような戦闘においても、戦争においても、少佐がいるからこそ、我が部隊の兵はときに無鉄砲にもなれるのです。美しいのです。尊いのです。少佐が健在である以上、私も誇り高きフォトン隊の一員です。その思いを胸に、戦い抜く覚悟です」
ヨシュアが右手を顎にやり、「では、どうしたものでしょうか」と至極まっとうなことを言った。
するとヴァレリアは「先にお知らせしたことだと思いますが」と静かに前置きした上で、「中途半端な兵を寄越していただく必要はありません。少佐以下、私どもでなんとかいたします」と紡いだ。
「しかしです、ヴァレリア大尉。私としては、あなた方に一方的に負担を押しつけていることが、なんとも心苦しいんですよ」
「それでも少佐は薄笑いを浮かべます。なにせ、世界で一番の戦士ですから」
ヨシュアが天井を仰いだ。
それから前を向くと、苦笑してみせた。
「私達の性質はどこで違うようになってしまったのか。そこのところが、今でも疑問なんですよ」
「閣下がそのように吐露されることは珍しい」
「私にだって、不思議に思うことくらいあります。私はなぜ、今の立場に落ち着いているのでしょうね。フォトンとともに最前線で戦いたい。その思いは、きっとこの先も消えることはない」
「それは素敵な言葉であり、思いやりでもあるかと存じます」
「フォトンに助力を。お願いします」
「ですから、その必要はないと言いました。先にも申しました。少佐は世界一の戦士です。いずれはリヒャルトを落とし、ダインをも食らう。私はそう信じています」
ヴァレリアはスフィーダを見て、にこりと笑ってみせた。
子供扱いしてくれるような笑みだと彼女は感じた。
だが、それがなんとも心地よい。
「ヴァレリアよ、服も着替えぬまま、すぐに戻るのか?」
「戻ります。こう見えても、私は部隊の二番目ですので」
「休むことはできたのか?」
「息を整えるくらいはできました」
「それはなによりじゃが……」
「陛下」
「なんじゃ?」
「私と陛下。いったい、どちらが少佐から愛されているのでしょうね」
「そのセリフを言いたいがために、ここを訪れたのか?」
「あるいは」
ヴァレリアは飴色の筒に体を包みながら、右手を小さく振ってみせた。
その仕草が悪戯っぽくて、だからスフィーダ、思わず微笑んでしまった。
ヴァレリアにだったら、とられても仕方がないなあ。
いつもそんなふうに考えるのは、嘘ではない。




