第381話 常識的な欲望。
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ヴァレリアが現れた。
夕刻の玉座の間に、だ。
礼を尽くす格好で、赤絨毯の上で片膝をついている。
「よ、よいのか? そなたが現場におらんで」
スフィーダは気が気でなくてそう訊ねたのだが、ヨシュアが「問題ありません。所定です」と言い、その言葉が頼もしかったので、彼女は少なからず安堵した。
ヨシュアのゆるしを得て、ヴァレリアは立ち上がる。
「では、閣下、しっかりとご報告いたします」
「ええ、大尉。しっかりと報告してください」
「食い止めるだけなら、なんとかなるかもしれません。無論、命を賭してのこととなりますが」
「増援が欲しいと?」
「先刻、我が隊の者から報告があったことと存じます。中途半端な戦力は、荷物になるだけです」
「巨人は強いですか」
「あの体躯で移送法陣などを使われた日には、ぞっとします」
「やはり、一騎当千?」
「それでも、ウチの少佐はそんなこと、ものともしませんが」
ヨシュアは顎に右手をやった。
蠱惑的に微笑みながら、首をかしげたヴァレリアである。
ヨシュアが「巨人族が表に出てきたのは、やはり純粋に日光を欲したからなのでしょうか?」と訊いた。
するとヴァレリアは「事情や理由はともかく、地上に国を作ろうとしているようには見えます。それは確かです。とはいえ、今までに現れた人外とは違い、ある意味、評価できる点があります」と答えた。
「評価できる点。伺いたいですね」
「閣下、彼らはヒトを食らいません」
「ほぅ。なるほど」
「はい。野蛮なばかりではないということです。そして、今になっていよいよ見えてきました。連中はいたずらに一般人を傷つけることはしない」
「正しい敬意と高度な知能。それらを有しているということですね?」
「間違いありません」
スフィーダは勢いよく「はい!」と挙手した。
彼女には思うところがある。
「じゃったら、話し合いで片づけることもできるのではないのか?」
ヨシュアは、「それは無理でございましょう」と否定した。
「なぜじゃ? 話せばわかり合えるのではないか?」
「その際には取り引きが必要になります」
「取り引き? なんじゃ、それは?」
ヨシュアが額に手をやり、ゆるゆると首を横に振った。
「陛下。少しは頭を使ってくださいませ」
「な、なんじゃとぅ。おまえはとことん失礼な奴じゃな」
「取り引きと言いました。みやげが必要だということです」
「みやげとはなんじゃ?」
「テーブルにつけば、巨人族の王は恐らく言うはずです。攻撃をやめる代わりに領土を寄越せ、と」
「それは、そうなのじゃろうが……」
「申し上げておきます。簡単に折れるわけにはいかず、だから駆逐に至るまで攻撃を加え続けるしかないんですよ」
「他になにか、方法はないものじゃろうか」
「落としどころはあるんです。これまでの蛮行をゆるすことを前提に、改めて地下に戻ってもらえばいいんです」
「その条件は飲んでもらえるのか?」
「飲ませるより他にない。が、応じてもらえる確率は極めて低いでしょう」
「難しいところなのじゃな」
スフィーダはヴァレリアに対して、「まずはそなたらに格好をつけてもらわねばならんのか」と、心外なことを述べるしかなかった。
「御意にございます」
そう言うと、ヴァレリアはヨシュアに顔を向け、肘を抱え、小首をかしげたまま、妖しげな笑みだけを置いて、移送法陣で姿を消した。
無愛想な飴色の筒も、彼女がまとえば今日も素敵だ。
「領土を割譲する。確かにそれは、あってはならんことじゃな」
「はい。彼らがハインドの外に飛び火することは、避けなければなりません」
「やはり、王には王が会うべきだと考える。傲慢か?」
「下地は整えます。しかるべきときに、堂々とお会いすればよいかと」
「過去に接した王に対してそうあったように、巨人族の王もまた孤独なのじゃろうか」
「情けは無用です」
「それはまあ、わかっておるのじゃが……」




