第380話 目下の被害。
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ハインドに兵を投入した、その翌日。
日中。
玉座の間。
玉座の隣に設けさせたテーブルにて昼食をとっていたところに、黒い着衣をまとった男が突如として赤絨毯の上に現れた。
移送法陣。
軍人だ、間違いなく。
男は礼を尽くす格好で片膝をつき、頭を垂れた。
若いその男は、頭部から血を滴らせている。
だからスフィーダ、立ち上がって慌てて駆け寄りそうになる。
はあはあと肩で息をする若い軍人は、「そのままでお願いいたします。私はメルドー隊のニンゲンです。上官からの報告事項だけを携えてきました」と伝えてきた。
メルドー、すなわちフォトンの名を聞いて、スフィーダの胸はドキリとした。
椅子から立ち、身を翻すと、ヨシュアが「報告願います」と静かに言った。
すると黒服の軍人は「はっ!」とキレのよい返事をした。
「我が部隊だからこそ、まともに戦うことができています。閣下、お願いいたします。敵は私どもで請け負います。他の兵は引いていただきたいのです。まさに一騎当千。到底、数で圧死できる者らではございません」
「あなた方以外の隊は役に立ちませんか?」
「敵兵は私どもが厄介だと認識しています。ですから、私どもをターゲットにしています。のっぴきならない状況はありますが、願ったり叶ったりだと、ヴァレリア大尉はおっしゃっています。私もそう考えております。いよいよ危険度を増すようなら話はまた違ってきますが、今は我々があれば戦えます」
「わかりました。ヴィノーがうまくやってほしいと言っていたと、メルドー少佐に伝達願います。本当に申し訳ありません。私も先頭に立って戦えればよいのですが」
「ヴィノー閣下、顔を上げてもよろしいですか?」
「かまいません」
すると軍服の彼は、にこりと笑い。
「ヴァレリア大尉は、ヴィノー閣下ならきっとそうおっしゃるだろう、と」
一拍の間。
そののち「治療を受けてから戻りなさい」とヨシュアは告げた。
「この程度、なんでもありません。仲間が待っています。すぐに戻ります」
「そんな貴方に、私は感謝したい」
「お言葉ですが、それは不要です。私はフォトン少佐とヴァレリア大尉に鍛えていただいたからこそ、今の立場にあります。今さらなにをと思われるかもしれませんが、感謝なら、お二人にされてください」
「貴方と部隊に祝福を」
「はっ!」
若い男は立ち上がると、飴色の筒で自らを包んだ。
移送法陣だ。
前線に戻ったのだ。
我が身の危険など顧みずに。
だからスフィーダ、少し涙した。
申し訳ない、申し訳ない、申し訳ない。
戦である以上、被害は出るのだ。
我が子のようにかわいく、また尊い命も失われてしまうのだ。
スフィーダは歩み出て、左方にいるヨシュアに「のぅ?」と呼び掛けた。
「おっしゃりたいことはわかります。自分が出れば話は早いとお思いなのでしょう?」
「その申し出はゆるされんのか?」
「それこそ、陛下の代わりはいないのです。我慢してくださいませ」
「国の運用の仕方において、わしはなにも言える立場ではないのじゃ。じゃがのぅ、じゃがのぅ……」
切ない思いでいると、ヨシュアが「とはいえ」と新たに切り出した。
「とはいえ、なんじゃ?」
「ボスの顔くらいは拝見したいと考えています」
「ずるいぞ、ヨシュア。わしも面会させろ」
「そうおっしゃると思いました」
「そうなのか?」
「しかし、それを可能にするかどうかは、我が軍の力量にかかっています」
「地ならしができるかどうかという話か?」
「ハインドには多大なる被害が出ています」
「んなこた理解しておる」
「フォトン隊の働きぶり次第なんですよ」
「敵兵の数は? 実際のところ、おまえはどう見ておるのじゃ?」
「数はそこまで多くはないかと。以前、おびただしい数を寄越してくれた緑の魔物、それに骸骨兵、マーマンとは、また違った性質だということです」
「勘か?」
「願いです」
願い。
場違いなほどに、綺麗な言葉だ。
「よし。ときが満ちれば、やはりわしは現地に入るぞ」
「その際は当然、お供いたします」
「巨人族、か……」
「どうあれ敵に過ぎないのです。潰し合うしかない」
「この悲しみはどこにうっちゃればよい?」
「うっちゃれはしません。事実として受け入れなければなりません」
「おまえは真面目すぎる」
「陛下が楽観主義であらせられる以上、私はそうでなければ」
「すまぬ」
「もったいなきお言葉」




