第37話 フレッド。
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ジャケットは黒、ズボンはグレー。
黒いネクタイをきちっと結んでいる。
見事なディンプルだ。
非常に顔立ちが整った少年である。
鼻筋がすっと通っているところがいい。
なにより誠実そうな点に好感が持てる。
少年は頭を下げると「スフィーダ様、こんにちは!」と大きく言った。
肝も据わっているようだ。
スフィーダが「まあ、座るのじゃ」と気さくに告げると「はい! 失礼します!」と清々しい返事を寄越してから椅子に腰を下ろした。
本当に気持ちのいい少年だ。
「まずは名を聞かせてもらおうかのう」
「フレッド・アーリーといいます」
……フレッド?
フレッド・アーリー?
まさか、さっきの少女が言っていたのは――。
そんなふうになかば驚き、目をしばたいていると、フレッドに「スフィーダ様?」と不思議そうな顔をされた。
スフィーダは急いで立て直す。
コホンと一つ咳払いをして、彼女は「あいわかった。フレッドじゃな?」と言い、微笑んでみせた。
「はい! よろしくお願いします!」
「フレッドはなんの用で参ったのじゃ?」
「その前に、一ついいですか?」
「おぅおぅ。なんでも申してみよ」
「ヨシュア・ヴィノー様」
「おや。なんでしょう?」
「どうしてたかが中学生に過ぎない僕を、謁見者として選んでくださったんですか?」
「理由が必要ですか?」
「あるなら聞かせていただきたいです」
ヨシュアは、優雅にふふと微笑した。
「秘密です」
「えっ」
「秘密だと言いました」
「そうなんですか?」
「ええ。そうなんです」
きょとんとした表情を浮かべたフレッド。
いつもひょうひょうとしていて、肝心なところは話さないヨシュアだ。
だからこういった対応は、スフィーダからすれば、じゅうぶん予測の範疇と言えた。
「では、話を戻すのじゃ。先を紡いでくれるか、フレッドよ」
「はい。昨日の放課後、告白されました。学校一の美人と言われる女のコからです」
いきなりずばっと本題に入るあたりには、思い切りのよさを感じる。
「それはめでたいことなのじゃ」
「はい。とっても嬉しかったです」
「返事は? なんと答えたのじゃ? 無論――」
「断りました」
「へっ? そうなのか?」
「はい」
「それはまたどうしてじゃ?」
「他に好きなヒトがいるからです」
「学校一の美人より、好きなのか?」
「そうです」
「あるいは、その美人には、なにか問題があるのか?」
「いいえ。ありません。スゴくいいヒトです。優しくて、思いやりもあって。だから、学校でも人気があるんです。美人でも嫌なヒトだったら、モテませんよね?」
「まあ、そうじゃの」
「でも、僕が好きなヒトは、スゴくスゴくいいヒトなんです。スゴくスゴく優しくて、スゴくスゴく思いやりのあるヒトなんです。だから、僕は……」
ここに来て、ハキハキと話していたフレッドの顔に変化が生じた。
苦笑じみた表情を浮かべたのだ。
「僕、明後日の土曜日に引っ越すんです……」
やはりそうなのかと思い、スフィーダ、一つ頷いた。
「時間がないんです。だけど、どうしてだろう……。どうしても、彼女が応じてくれるとは思えないんです……」
「そなたに告白されて断る女子などおらぬと思うぞ?」
「そんなことありません。僕みたいな奴なんて、いくらでもいます」
「しかし、そなたは学校一の人気者なのじゃろう?」
「えっ」
「あっ」
スフィーダ、思わず両手で口にふたをした。
つい、しゃべってしまった。
さっきここを訪れた少女のことは、とりあえず、秘密にしておいたほうがいいに決まっている。
幸い、フレッドは特に疑うような素振りは見せなかった。
「後悔だけはしたくないんです」
それは先ほどの少女も言っていた。
「でも、ダメなんです。言い出せそうにありません。断られることが本当に怖いんです。こんな気持ち、初めてです」
「わしの意見を言ってもよいか?」
「はい。お願いします」
スフィーダは右手を握って拳を作り、前方に向けてパンチした。
「フレッドよ、当たって砕けろじゃ!」
勢いに押されたのか、フレッドは少し面食らったような顔をした。
「そ、そうでしょうか?」
「なにもせずに後悔するより、なにか行動して後悔するほうがよいに決まっておる」
「それは……そうですね。はいっ。その通りだと思います!」
フレッドは、すっくと立ち上がった。
「ありがとうございました、スフィーダ様! 踏ん切りがつきました! 勇気が湧いてきました!」
「ダメだったからといって、しょげることはないぞ? 人生、長いのじゃからな」
「はい!」
「ちなみにじゃ、想い人の名前はなんというのじゃ?」
「イライザさんです。イライザ・ウォーカー」




