第368話 フェイスを捕らえはしたものの。
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夕刻。
謁見者の対応を終えたタイミングで、改めてヨシュアが訪れた。
「出掛けます。お連れしましょうか?」
どこにじゃ?
スフィーダはそう訊ねた。
「先日、捕縛したフェイス・デルフォイのもとへです」
「そういえば、そうじゃったな。捕まえたのじゃったな。奴めは今、どうしておる?」
「刑務所の中で、静かにしているとのことです」
「到底、真に受けるわけにはいかんな。疑わしいことじゃ」
「ですから、一度、様子を見ておこうかと思いまして」
「うむ、わかった。わしもゆくぞ」
「ルナも連れていきます」
「勉強のためか?」
「ボディガードですよ」
「わしらに限ってそれは――」
「ルナは天才です」
ヨシュアは言い切ってみせた。
◆◆◆
女性の刑務所。
フェイスは食堂で、他の罪人と向かい合い、おしゃべりに興じていた。
食事の時間からはもうずいぶんと過ぎているだろう。
それをゆるすあたりに、刑務所、ひいてはプサルムの寛容さが窺える。
「陛下は疑問に思われるかもしれませんが、女性の刑務所においては、このような光景は当たり前のことなんですよ」
ヨシュアがすたすた歩んで、フェイスに近づいた。
雑談に応じていた女子は二人いたのだが、彼女らは慌てたように立ち去った。
別に逃げることはないだろうに。
「ヨシュア・ヴィノーです。ご存じですか?」
そんなふうに、ヨシュアはふざけたセリフを口にした。
「なんのご冗談でしょうか?」
真っ白な囚人服姿のフェイスは、にこりと笑んだ。
「ヨシュア・ヴィノー様」
「なんでしょうか、フェイス・デルフォイ」
「プサルムは本当に温かいお国柄でございますわね。大犯罪者である私に対しても、非常に大らかなのですから」
「舐めていらっしゃる? であれば、この場で滅してさしあげましょうか?」
「できるものなら、どうぞ。天下の大将閣下がちんけな刑務所で囚人を屠ったという事実を報道されてもいいのであれば、好きにしてくださいませ」
「殺しませんよ。それこそ、冗談に決まっているでしょう?」
「ここでの暮らしはたいへん快適ですわ。ずっと囚人を続けてもよいくらいですわ。ここは本当に、待遇がよくてございます」
「貴女というニンゲンには、手枷足枷が似合うと思うのですがね」
「貴国は緩い。そう申し上げたつもりですわ。ところで」
「なんでしょう」
「ヴィノー様の隣に控えている下品極まりないな女の名は?」
「ルナ。気にしないように」
「わかっています。私のなにが下品なのかという話ですから」
「あら。えらく従順なのですね。飼い馴らされているのですね。私にはわかります。ヴィノー家の正装をまとっていても、野卑で土くさい女であることがわかりますわ」
「ルナ」
「怒りません。ヨシュア様、本当にご安心ください」
「あら。これだけ吹っ掛けているというのに。つまらないですわね」
笑みを浮かべたまま、小首をかしてげ見せた、フェイス。
「口の利き方には注意しなさい、フェイス・デルフォイ。この距離であれば、貴女よりもルナのほうがずっと達者です」
「それはたまりませんわ。私はまだ、遊び足りないのですから」
「エヴァ・クレイヴァー少佐はどうなったか、興味はありませんか?」
「ないと言えば、嘘になりますわね」
「入院中ですよ」
「たったあれだけの傷なのに、でございますか?」
「私が入院させました」
「そこまでかわいい部下だと?」
「とにかく、入院させました」
とことんお優しいですわね。
そう言って、フェイスはさらに「その優しさが命取りになると忠告させていただきますわ」と続けた。
無論、「余計なお世話です」とやり返したヨシュア。
しかし、フェイスは尚も笑ってみせたのだった。
「話を変えますわ」
「言ってみなさい」
「私がその気になれば、この刑務所は意味消失する。おわかりですか?」
「ですからその旨、無論です。しかし我が国はどこかの国とは違って、完璧と言っていい法治国家です。捕虜であれ、あるいは人質であれ、無暗に殺すような真似はしません」
「そこが甘いと私は言っているのですわ」
「貴女は確かに、エヴァ・クレイヴァーに敗れた」
「それは私が手を抜いていたから――」
「そうとは思えませんね。貴女は本気で、彼女もまた、本気だった」
「なにをおっしゃりたいのかしら」
「逃げてもかまいません。ですが、”魔女に最も近い者”。高慢極まりない貴女は、いつかただのニンゲンに屠られる」
例によって狂ったように、フェイスは大声を上げて笑った。
「そんなもの、なんの脅しにもなりませんわ。ヴィノー様。貴女は私の力量を見誤っているのですわ」
「貴女の底は知れた。もはや相手ではないとだけ言っておきます」
「貴方の見立てなどどうだっていい。今度こそ、私のお相手を」
「お断りします」
すると次の瞬間、ルナは「ヴィノー様」と呼び掛け。
応じた当人は「ルナ。ヨシュアですよ」と注意し。
「ヨシュア様」
「なんですか?」
「一秒いただければ、私はこの女の首を食いちぎってご覧に入れます」
「物騒なことは言わないように」
「申し訳ございません」
ヨシュアとルナが身を翻し、それにスフィーダも続く。
白い壁に囲まれた廊下を歩きながら、出入口へと進む。
「ヨシュアよ、よいのか?」
「なにがでございますか?」
「フェイスをフツウの刑務所に入れたままでよいのかと訊いておる」
「現行法ではそうするしかございません」
「なるほど。そういうことなのか」
「移送法陣を使う可能性があります。それをやられてしまったら、どうしようもない。はなからゆるい拘束なんですよ」
「やむを得んか」
「さようでございます」
ヨシュアもルナも、背中が広い。
だが、この背に守られているだけではいけない。
スフィーダ、そう思った次第である。




