第361話 幼き子らの思い出に。
◆◆◆
土曜日。
ガキんちょども、もとい園児らが、エマに引率され、玉座の間にまでやってきた。
「いっぺんに移送します。よいのですね?」
「よい。なにも問題はありゃあせん」
「本音を言うと、お遊びが過ぎると考えています」
「なんでもよいから、とっとと運べ」
「御意にございます」
ヨシュアが作り出した巨大な飴色の筒に包まれた途端、園児らはきゃっきゃと騒いだ。
◆◆◆
岩山に出た。
踊り場とでも言うべき平たい場所だ。
無論、塀など設けられていないので、スフィーダは「落ちるでないぞーっ」と注意喚起。
子供らは「はーい」と声を上げ、揃って右手を上げた。
とはいえ、びくびくしている子もいる。
あるいは「やっぱりやめようよぅ」などと弱気なことを言う子もいる。
だから余計に堂々としていなければと思い、スフィーダはあまり奥行きのない洞窟の中へと、自信満々、のっしのっしと踏み込んだ。
赤肌の翼竜、ドル・レッドがいた。
青肌の吸血鬼、イーヴルがいた。
顎を地面につけて眠っている、ドル・レッド。
その赤竜の腹に背を預けて寝こけている、イーヴル。
ドル・レッドがまぶたを開き、緑色の瞳をぎょろりと向けてきた。
「なんだ、スフィーダか」
「なんだとはなんじゃ。相変わらず無礼な奴じゃ。コイツめ、コイツめっ」
スフィーダはドル・レッドの横顔をべしべしと叩いた。
「それで、後ろのガキどもはなんだ? エサになってくれるのか?」
「エ、エサとか言ってるよ?」
「やっぱりダメだよぅ、怖いよぅ」
「へ、へんっ。体もそんなにおっきくねーし、弱そうじゃねーかよ」
「で、でも、ドラゴンじゃん……?」
子供達は次々にそんなふうに言う。
「スフィーダ。本当に、なんの用なんだ?」
「こやつらのモデルになってほしい」
「モデル? なんのだ?」
「じゃから、そなたらの姿を絵にしたいと言っておるのじゃ」
「スフィーダ」
「なんじゃ?」
「おまえ、そんなことに俺達が喜んで協力すると、本気で考えているのか?」
「考えておるぞ。そなたらはことのほか、優しいからの」
「俺は眠たい。眠いんだ」
「じゃったら、寝ている姿でもいよい。子らの期待に応えることは尊いことじゃ。そう考えれば、諦めもつくというものじゃろう?」
「……勝手にしろ」
スフィーダはにっこりと笑い、今度は優しく、ドル・レッドの頬を撫でた。
「みなの者、聞いておったか? ドル・レッドはわしの言うことを聞いてくれるそうじゃ。ゆっくりと絵を描くがよいぞ」
するとカークスが、「ド、ドラゴンはわかったよ。だけど、そっちの青い肌をしてる奴は……?」などと問うてきた。
「だから、あやつが吸血鬼じゃ。おねむじゃがの」
「やや、やっぱり、そうなのか? だったら――」
「難しいことは考えるなと言っておる」
「じゃ、じゃあ……」
「そうじゃ。存分に描けばよい」
「ス、スゲーんだな、スフィーダ様って」
「誰とでも、仲良くすることはできるのじゃ。その旨、常に忘れないでほしい」
「俺は忘れないよ。忘れたくもないよ。誰とでも仲良くしたいって思う。ありがとう、スフィーダ様」
「なあに。なんということはないぞ」
スフィーダは「わっはっは」と笑った。
◆◆◆
数日が経って。
街にある芸術文化ホール、その一室に、園児らの描いた絵が飾られたと聞かされた。
とある画商がそれを見て、「すべて素晴らしい」と言ったらしい。
全部、売ってほしい。
欲張りなことに、そう言ったらしい。
しかし、画商が購入するには至らなかった。
これはこの子達ににとって、とても大切なものだから。
担任のエマが、きちんとそう断ったらしい。
赤肌の翼竜に青肌の吸血鬼。
とにかくその対比が美しいのだ。
彼らの姿は、園児らにとって、大きな思い出となったことだろう。
だからこそ、言っておきたい。
ドル・レッドよ、そしてイーヴルよ、ありがとう。




