第360話 しばしば目撃されるらしい。
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幼稚園の子達らしい。
男子も女子も、わっと押し寄せてきたのだった。
「こ、こらっ。みんな静かにしなさいっ」
担任であろう若い女性が、慌てた様子で子供らをたしなめる。
「よいよい」
スフィーダはそう言いつつ、玉座から腰を上げた。
ヨシュアが「陛下」と、たしなめるような口調で声を掛けてきた。
「わかっておる。テロリストがまじっているかもしれんという話じゃろう? しかしじゃ、ヨシュア。おまえはこの光景を目にしても、やめろと言うのか? キャッキャと騒ぐ幼児の気持ちまで蔑ろにするというのか?」
「返す言葉がございません」
「じゃろう?」
「どうぞ、存分にお相手を」
「よっしゃなのじゃ」
スフィーダはぴょんぴょんと階段を下りた。
途端、子供達に囲まれてしまった。
「わぁ、スフィーダ様だぁ」
「スゴくかわいいねっ」
「なんかいい匂いがするぅ」
「そうなんだよな」
まったく、昨日今日生まれたガキんちょらがなにを言うのか。
スフィーダ、そのへんの生意気さを心地よく思いながら、みなの頭を撫でてやったり頬をつねってやったりする。
「ほーれ、みんな、きちんと並べ。習ってきたのじゃろう?」
「はーい。先生から教わってきましたー。俺の名前はカークスでーす」
「カークス。よい名じゃ。先頭に立っているくらいじゃ。そなたがリーダーなのじゃな?」
「なんかそんな感じでーす」
「カークスよ、問いたい。そなたらはわしに会いに来ただけなのか?」
「違いまーす。えっと、真面目に言ってもいいですか……?」
「申してみよ」
「俺、空を飛んでる真っ赤なドラゴンを見たんです。しかもドラゴンだけじゃなくて、青い肌をしたニンゲンまでいたんです。仲がよさそうに見えました」
そこまで言われたら、いくらなんでも見当がつく。
真っ赤なドラゴンとは、間違いなくドル・レッドのことだ。
青い肌のニンゲンというのは、これまた間違いなくイーヴルのことだ。
カークスは溜息をついた。
「でも、誰も信じてくれないんだ。真っ赤なドラゴンとか、青い肌の子供とか……」
「つまるところ、その赤いドラゴンと青いニンゲンにきちんと会いたいということか?」
「そうだよっ!」
カークスは目を輝かせた。
「俺が見たの、絶対に嘘じゃない。見たんだ、この目で、しっかり!」
「答えを言うぞ、カークスよ」
「答え? うん、知りたいです!」
「そなたが言った通りじゃ。幻ではないぞ」
カークスはそれ見たことかと胸を張るが、他の子らは揃って「えーっ」と疑うような声を上げた。
「だ、だったらいいよ。別に、そんな奴らがいなくたって、俺は困らないんだから、さ……」
スフィーダ、ここで「諦めるな、カークスよ。だからわしは、赤肌の竜も青肌の子供もいると言っておるのじゃ」と強く言った。
「そんなの、嘘なんだろ、どうせ……」
「そうではないと言っておる。そなたの気持ちはよくわかった。本物を見せてやるぞ?」
「えっ。ほっ、本当に……?」
「見たくはないか? 竜は竜じゃ。そして、青肌のニンゲンは超のつくスゴウデの魔法使いじゃ」
「え、えっ? でも、お、俺はそんなの怖くないけど、ウチのみんなは怖がって――」
「わしがおれば怖いことなんてないぞ。むしろ喜んでそなたらを迎え入れてくれるはずじゃ。一頭と一人はけっして、悪い奴ではない」
「そ、それでも、俺……」
「とにかく決定じゃ。大決定じゃ。担任のそなた、まだ名前を聞いていなかったな。すまぬ」
「い、いえ。そんなこと、全然。私はエマといいます」
「エマよ。申し訳ないが、わしのわがままに付き合ってもらいたい」
「ほ、本当に、本当に、会わせていただけるんですか?」
「心配ない。気持ちのいい連中でな。まあ、実のところを言ってしまうと、歓迎はされんまでも、極端にめんどうがる奴らでもないということじゃ」
「で、でしたら……」
「画用紙とペンを持ってくるとよい。絵として残せば、記念になる」
エマは口元を右手で押さえ、ぽろぽろと泣き出した。
その理由はなんとなくわかる。
なんとなくだが、わかるのだ。
やったーっ。
歓喜の声とともに、子供らはぴょんぴょんと跳ねてみせた。




