第36話 イライザ。
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そろそろ夕方という時間帯。
ぺこりと頭を下げてみせたのは、おさげ髪の少女だ。
白いブラウスには黒いリボン。
黒いジャケット、グレーのスカート。
学校の制服であろうことくらいは見当がつく。
椅子に座るよう促し、名前と身分を教えてもらった。
イライザ・ウォーカー。
中学二年生とのこと。
「して、今日は何用で参ったのじゃ?」
スフィーダがそう訊くと、イライザはもじもじし始めた。
やがて意を決したように顔を上げた。
だが、言葉を発しようにも、うまく声が出てこないらしい。
「イライザよ、リラックス、リラックスじゃ。深呼吸をするとよいぞ」
「は、はいっ」
右手を胸に当て、大きく吸って吐いてを繰り返したイライザ。
ほんのわずかにだが、彼女は笑んだ。
「相談事、しかも、スゴくつまらないことなんですけど、いいですか……?」
「なんでも申してみよ」
「ほ、本当にいいんですか?」
「イライザよ、わしはじゃな、あるいはどーでもよいとも受け取れるような相談事を聞かされることが結構あるのじゃ。そのことを、それはもう嬉しく感じておるのじゃぞ? わしはみなにとって、身近な存在でありたいからの」
スフィーダは大らかに「はっはっは」と笑った。
「じゃあ、あの、その……」
「うむうむ」
「私、好きな男のコがいて……」
「おぉ。そういう話は好物なのじゃ」
「そうなんですか?」
「わし自身、恋愛が達者とは言えんがの」
スフィーダは再び、「はっはっは」と笑ってみせた。
「友達に話すことも考えたんですけれど、おこがましいって受け取られるんじゃないかって……」
「なぜ、そんなふうに思うのじゃ?」
「その男のコ、クラスで一番、モテるんです。人気者なんです」
「自分ではとても釣り合わんと考えておるのか?」
「はい……」
「そなたはじゅうぶん、かわいいぞ? なんて言ったところで始まらぬな」
「彼、もう行っちゃうんです……」
「行っちゃう?」
「はい。転校しちゃうんです」
「なるほど。そういうことか」
「後悔したくないんです……」
「想いを伝えたいのじゃな?」
「でも、私ってブスだから……」
「じゃから、そんなことはないぞ? 若干、地味ではあるがの」
「地味、ですか……」
「すす、すまぬ。失言じゃった。どうか顔を上げてくれ」
「学校で一番美人の女子生徒が、先輩が、最後に彼に告白するんじゃないか、って……」
「それでも負けるなと、わしは言いたい」
「だけど、やっぱり私、ブスだから……」
「思考が悪いほう悪いほうへと落っこちてしまっておるのぅ。どうしたって、そこに帰結してしまうのか」
「はい……」
「意見を言うぞ? 率直にじゃ」
「お願いします」
「後悔したくないのであれば、前に踏み出すべきじゃ。学校一の美人のことなど気にするな」
「でも、そうするのって、えっと、なんていうか、自慰的な好意じゃないかな、って……」
「じ、自慰か。そこまで悩んでしまっておるのか」
「私、どうしたらいいんでしょう……」
ついにイライザは目に涙を浮かべた。
スフィーダ、腕を組み、悩む。
一生懸命、考える。
しかし、確たる答えも気の利いた言葉も見当たらない。
イライザがハンカチで目元を拭った。
赤い目をしているが、ニッコリと笑ってみせた。
「ごめんなさい。泣くつもりなんてなかったんです。というより、そもそも、まさかスフィーダ様にお会いできるなんて、思っていませんでした」
「そなたを選んだのはヨシュアじゃ」
「ありがとうございました。ヴィノー様」
玉座のかたわらに立つヨシュアが「どうかお気になさらず」と優しく言った。
「それじゃあ、私、もう行きますね」
イライザは椅子から腰を上げた。
「結論は出たのか?」
「はい。やっぱり、やめておきます」
「そうなのか? 本当に、それでよいのか?」
「きっと、私みたいなブスは引っ込んでいろって話なんです」
「まだブスと言うのか……。どうかその考えだけは改めてはくれぬか?」
「次は美人に生まれてきたいです」
そう言って、イライザはまたにこっと笑うのだ。
「最後に聞かせてほしいのじゃ」
「なにをですか?」
「好きな男子の名前じゃ」
「フレッド、フレッド・アーリー君です」




