第353話 海底神殿。
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まあるいバリアで自身を海水から遮断しつつ、結構、もぐった。
不謹慎な話であるものの、スフィーダはドキドキしていた。
言うまでもなく、いい意味での胸の高鳴りだ。
だって、大好きなフォトンとヴァレリアと一緒なのだから。
こうして、あるいは探検するような行動は実に楽しいのである。
各自がバリアを張っているから、おしゃべりはできない。
やがてスフィーダは、驚くに至った。
フォトンもヴァレリアも、きっとそうだ。
太い柱で構成された、大きな大きな神殿のような真白の建物があるのだ。
神殿はことのほか大きなバリア、あるいはまあるい巨大な泡で周りをコーティングされているように見える。
来る者は拒まずと言っている?
それを述べるなら主だろう。
主はここにまで至るヒト型など、いないと考えているのかもしれない。
それにしても神殿。
まさかまさかの海底神殿。
スフィーダ、二千年以上生きていても、知らなかった。
バリアの内側、あるいは泡の内部には、どういうわけか、なんなく入ることができた。
不思議なものだから、スフィーダ、非常に驚いた。
泡の中に入ったところで、スフィーダは自身のバリアを解いてみた。
すると、フツウに息をすることができた。
世の中には不思議なことが、本当に多いようだ。
スフィーダは「神殿か……」と、つぶやいた。
そばに近づいてきたヴァレリアが「神殿でございますね」と言った。
「このようなもの見るのは初めてじゃが、ずいぶんと前からあったのじゃろうな。そんな雰囲気があるぞ」
「私もそうだと考えます。早急に主を知りたいところでございます。これだけの技術があるのだとすれば、兵をたくさん有していてもおかしくはない」
「兵力はあれど、あまり表には顔を出さんかった。そこにはどんな裏があるのじゃろうな」
「裏などありません。表しかございません」
「む。そうなのか?」
「どのような組織においても、跳ね返りというのは必ずいます」
「じゃったら、大元であるボスには――」
「はい。交渉が通じるかもしれません」
「ヴァレリアよ、そなたは本当にそう考えておるのか?」
「否定的です」
「じゃったら、ますますがんばっていこうという話ではないか」
「まあ、そうではあるのですが」
ヴァレリアはクスクスと笑ってみせた。
◆◆◆
オスの人魚、マーマンらの姿はない、気配も感じられない。
ただただ、石畳の向こうにヒトのかたちをした青年が、石製であろう、背もたれの高い立派な白い椅子に腰掛けているというだけだ。
空色の長い髪。
女顔。
分厚い金色の鎧を身にまとい、堂々としている。
どういうことだろう。
今のところ、敵対する空気がまるで伝わってこない。
余裕があるから?
負けるはずがないと考えている?
いずれにせよ、大物感はたっぷりだ。
スフィーダは左右にフォトンとヴァレリアを従え、ずんずん進む。
空色の髪をした男は、左の肘掛けを使って頬杖をついているだけだ。
「誰じゃ、そなたは。なんという?」
「おまえはスフィーダだろう? ならばどうして、海底にいるというだけのヒト型を無視できないのか」
「そのヒト型のせいで、我が国が迷惑をこうむった。怒って当然じゃろう?」
「それは知らなかった。俺の教育が足りなかったと見える」
「その言葉を謝罪として受け止め、受け容れる理由がない。傲慢な言い方を承知で注文をつける。けして地上に姿を現すな」
「だから、それを成すと言っている」
「わしは疑い深い。しかも、そういった点には折れん輩じゃ」
「だったら、どうする? 念書でも交わせばいいのか?」
「そなたを消そうと思う」
「また無礼かつ物騒な物言いもあったものだ。しかし」
「しかし、なんじゃ?」
「俺もちょうど二千歳くらいだ」
「ほう。だから、なんだというのじゃ?」
「おまえと勝負がしてみたい」
ノーモーションで、渦巻く炎が瞬く間に飛んできた。
本当にあっという間なのだ。
だからバリアが間に合わないのだ。
いち早くフォトンが反応した。
大剣で炎を真っ二つに割ってみせた。
続いて、敵は氷の球を放った。
その一粒一粒は、見るからに硬く、また強力そうだ。
その攻撃に対して自らのバリアは無力だと理解している。
だからフォトンは一直線に迫るのだ。
そして、フォトンがいよいよ剣を振りかぶったところで、それは起きた。
幾度か目にした、飴色の筒を伴わない、短距離型のテレポーテーション。
男はその使い手で、フォトンが剣を振ったときには高い天井の間際にいた。
男は振りかぶる。
氷の剣を。
フォトンは斬られた。
瞬時に深手だということがわかった。
体の強さが最大の武器である彼が、仰向けに倒れたくらいだから。
驚きがなにより先に立ち、だからすぐさま、反応できなかった。
隣のヴァレリアを見ると、彼女は静かな顔をしていた。
すっすっと前進するヴァレリア。
このような事態にあっても冷静で、背筋を伸ばしている姿が頼もしいし気持ちがいい。
「弱すぎる」
空色の髪をした男が、つまらなさそうにそうつぶやいたのが聞こえた。
男はフォトンの首を右手で掴んだ。
そして、放り捨てるようにして、彼を投げた。
スフィーダは駆けた。
倒れているフォトンのもとへ。
フォトンに目を落とす。
左の肩から右の脇腹にかけて、見事に斬られている。
気まで失っているようだ。
「スフィーダよ、まだ続けるか?」
「貴様……名はなんという?」
「ネレウス」
「罪深き名じゃと、きちんと刻んでおく」
「やり返しに来るといい。でなければ」
「でなければ?」
「俺自らがヒトの世界へと出向き、虐殺を繰り返すようになるかもしれない」
「だから、なにが目的なのじゃ?」
「強すぎるがゆえに暇を持て余す。そういうことは、ままある」
「この神殿を見つけることができたのは偶然じゃったが、そなたのような存在がいたとするのなら、さらには僥倖と判断すべじゃろうな」
フォトンの傷口に触れ、その右手を真っ赤に染めたヴァレリアが、「陛下、いったん引きます。よろしいですね?」と訊ねてきた。
ヴァレリアがそう言う以上、傷はやはりかなり深いのだろう。
「また会えるといいな、スフィーダ」
ネレウスは微笑んでいた。
「次はないぞ!」
ヴァレリアが作り出した飴色の筒に包まれる中、スフィーダはそう怒鳴った。




