第341話 些末な結末。
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「アズ・サンタナですね。まったくもって得体の知れない男を向こうに回して先手をとることができた。彼がバードを取り戻そうとするのか否か。その判断次第で人物像、あるいは性格を推し量ることができる」
「どういう現象をよしとするのじゃ?」
「感情的になることを期待します」
「無情じゃのぅ」
「戦争とはそうあるものです」
「バード自身は? なにか吐いたのか?」
「ケイオスが好き勝手に拷問を続けているようですが、現状、なにも出ていないと」
「ケイオスは異常者なのか?」
「あるいは」
「それでもカレンは、ケイオスから離れられん」
「悲観的な物言いはよくありません。彼が国のために一肌脱ごうとしているのは事実なのですから。フォトンと同じく、泥をかぶることについてはなんの抵抗もないのでしょう」
フィレステーキにナイフを入れ、スフィーダは食事を続ける。
いつも通り、心の中で礼を述べる。
牛さん、ありがとう。
「なんとも言えん。心苦しいとしか言えん」
「繰り返しになりますが、それがやり合うということでございますよ」
「アズとやらの出方によるということじゃな」
「要するに、そういうことです。フツウに、あるいはリスクを考慮した上で判断すると、アズはバードを無視する。私はそうだろうと考えます」
「自らの腹心を捨てるのか?」
「小に執着していては大きな成果を取り損ないます」
「大きな成果とは、なんじゃ?」
「どういうかたちにせよ、我が国に一泡吹かせたいのでしょう」
「先が見えんむなしい思考じゃ」
「この先も高い確率で、そういった輩が現れます。ということであれば、少なくとも、我々は強いのだと誇示しておく必要があります」
「おまえの措置は寂しすぎる」
「承知してております」
スフィーダは改めてフィレステーキにナイフを入れる。
柔らかいから、すぐ切れる。
ヨシュアはもう、口元をナプキンで拭っている。
◆◆◆
まだその日のうちのこと。
アズ・サンタナが玉座の間を訪れた。
すっと片膝をつく姿がサマになっている。
天気はいい。
日はすっかり長くなった。
まずはアズに椅子へと腰掛けてもらった。
「俺はもともと、個人主義者なんですよ。だから、バードが捕らえられたところで、さほど痛みは感じない」
「それは本音か?」
「スフィーダ様、止まれるものなら止まっています。言ってみれば些細なことかもしれませんが、今においても、ヴィエイラは戦火にあるでしょう?」
「そなたが言った通りじゃ。世界から見れば、当該事象も些細な問題でしかないじゃろうて」
スフィーダは額に右手をやり、ゆるゆると首を横に振った。
「どうあれおまえはじり貧になる。あるいは和睦を申し入れてくるのではないのか。わしはそんなふうに考えておったぞ」
「バードは? 実際のところ、もうダメなんでしょう?」
「生きてはいるが、死に近い状態じゃろうな」
「仕返しができる立場だとは思っていない。意趣返しができるとも」
「じゃったら、おまえはなにをする?」
「俺は狭い世界に爪を立てるつもりだった」
「狭い世界? 爪を立てる?」
「女王陛下、貴女がこしらえた世界は、貴女がこしらえたわけではないのかもしれないが、そこには貴女の絶対的な理論が働いている」
「わしを祭り上げておけば国はまとまる。そのことを言っておるのか?」
椅子の上でアズは脚を組み直し、「隙が、欲しかったんですよ」と不敵に言った。
「俺はね、スフィーダ様。アンタがいるおかげでアンタが中心を担っているシステム自体を健全ではないと糾弾してやるつもりだった。だが、今の国民は、そこまで頭が回らないらしい。自由だ。そして無能でもあり、盲目的すぎる。それでも、それが社会が望むかたちだというのであれば、俺はその気持ちを、思いを、尊重するしかない」
アズの答えに、スフィーダは悲しみを覚えた。
だから、彼のことを尚更、憐みに満ちた視線で見てしまう。
「貴女に反旗を翻して、それなりに楽しい思いができた。思い切ったことができた。きっと、俺みたいなニンゲンはまた現れる。貴女を根っこに据えた女王制に物申すニンゲンだって出てくる。そのとき、スフィーダ様はなんと言って、自身を肯定、正当化されるのかな?」
「そなたみたいなニンゲンの脅威を、数値化できればと思う」
「それができないからこそ自由なんですよ」
「死を受け容れてもらいたい」
「わかっています。少しくらい、俺は貴女に、絶望をもたらすことができたのだろうか」
そんなこと、あるわけがない。
人類に対して希望を抱き続けることが、スフィーダのスタンスだ。
しかしと、スフィーダは思ってしまう。
どうあれ殺されてしまうであろうアズに対して安眠をと思い、願ってしまう。
誰も殺されない世界をスフィーダは望む。
しかし、そんなもの、やはり到底、不可能な話なのだ。
だったら受け止めなければならない。
受け容れなければいけない。
どうあれヒトの死というものを。
アズが小さく両手を上げて、「女王陛下、万歳」と言った。
「私が殺して差し上げます」
そう言ったヨシュアは右手を掲げた。
彼のその手には魔法で生成された銀色の槍がもたらされていた。
アズに、もはや次の手はない。
「女王陛下、万歳」
アズはやはり、そう述べるだけだった。




