第34話 わがままエヴァ。
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綺麗な栗色の髪をした若い女が、昼休みに訪ねてきた。
魔法大国ブレーデセンから帰化した、エヴァ・クレイヴァーである。
オフショルダーの白いブラウスに、茶色のミニスカートというラフな恰好だ。
エヴァは跪くこともなく三段だけの階段を上がり、「ねぇ、陛下」と気安く声を掛けてきて、「ちょっとそこ、どいてみてくれない?」と偉そうに続けた。
玉座を譲れと言っているのだ。
特段、断る理由もないので、「よいぞ」と明け渡した。
エヴァは「さすが”慈愛の女王”ね」とスフィーダの二つ名を言い、それから玉座に腰を下ろした。
長い脚を組み、「ふぅん」と鼻を鳴らす。
「やっぱり狭いわねぇ。それにかったい。こんなところにずっと座ってたら、お尻が痛くなっちゃうんじゃないの?」
「だからといって、クッションを持ち出すわけにもいかんじゃろう?」
「どうして?」
「女王としての礼儀の問題じゃ」
「無駄に背もたれが高いのは?」
「その点は不明じゃ」
「ふぅん。はい。もういいわ。満足しました」
エヴァはすっくと立ち上がり、足を踏み出した。
スフィーダ、なんとなく、エヴァのとてもかたちのよい尻が気になった。
なので、すかさず彼女の背後に右手を伸ばし、スカートの中に手を入れ、えいと触ってみた。
「きゃっ。いきなりなにするのよ」
「よい手触りじゃ。しばし揉ませるのじゃ」
「やーよ。私の体は安くないんですからね」
スフィーダの手をぺいっとはねのけたエヴァである。
とても残念だ。
もうしばらく、張りのあるプリプリとした感触を味わっていたかった。
スフィーダは玉座に戻った。
「して、エヴァよ、何用じゃ?」
「ラニード・ウィルホーク」
「む。そなたの祖国、ブレーデセンを滅ぼした魔法使いの名じゃな?」
「そうよ。昨日、会えたの。っていうか、ばったり会っちゃったの」
「どこでじゃ?」
「曙光の首都で」
「ペ、ペネロペにまで出掛けておったのか?」
「移送法陣って、訪れた場所にしかワープできないじゃない? だから、あちこち回ってるの。そうしといたほうが、いろいろと便利でしょう?」
「ラニードとはなにか話したのか?」
「いいえ。ホント、ただばったり会ったってだけ。ソッコーで殺してやろうと思ったけど、街中でぶっ放すわけにもいかないし。まあ、それはそれでいいとして」
「いいとして、なんじゃ?」
「わ・た・し、基本的に暇なんです。だから、軍にでも入れてもらおうっかなって。ねぇ、いいでしょ? ヨシュア様ぁ」
猫撫で声でそう頼んできたエヴァに対して、ヨシュアは毅然とした態度で、「原則として、一般学校か士官学校に通っていただく必要があります」答えた。
「わかってるわよ、それくらい。そんなのめんどくさいから、こうして直々に頼みに来てあげたんじゃない」
「ほんに、口の減らぬ女じゃのぅ」
「陛下は黙ってて。いい肩書きつけなさいよね。下っ端なんて嫌ですからね」
「まあ、技量的には問題なさそうですから――」
「なさそうじゃなくて、ないの。まったくないの」
「少尉でいいですか?」
「やーよ。少佐がいい」
「それは虫がよすぎやせんか?」
「だから陛下は黙ってて。どう? できるの? できないの?」
「不可能ではありません」
「きゃっほぅ。やっりぃ」
「指示には従ってもらいますよ?」
「わかってまーす。それじゃあ、お願いね? あ、部下とか要らないから。一人でよろしくやるから」
やはり好き勝手をのたまってから、身を翻したエヴァ。
尻を振り振り、向こうへと歩いていく。
近衛兵の双子、ニックスとレックスに両開きの大扉を開けさせ、出ていったのだった。
「よいのか?」
スフィーダはかたわらに立つヨシュアを見上げた。
「例外は認めたくないというのが本音ですが、まあ、いいでしょう」
「軽いのぅ。らしくないぞ」
「そんな私もいるということでございます」
◆◆◆
後日の昼休み。
またエヴァがやってきた。
軍属になったわけだ。
よって、黒い軍服か魔法衣を身につけるべきなのだ。
しかしエヴァときたら、色を守っているだけである。
丈の短いノースリーブの上着。
短いスカート。
白いガーターストッキング。
スフィーダの前まで来ると、エヴァはくるりと一回転した。
「どう? 似合うでしょう?」
「わざわざそんなことを言いに来たのか?」
「ダメだったかしら?」
「そうは言わんが、その恰好は危険じゃ。それこそ尻を触られるぞ?」
「そんな奴がいたら、八つ裂きにしてやるわ」
「エヴァ・クレイヴァー少佐」
「なにかしら、ヨシュア様」
「ヴィノーですよ。そう呼びなさい」
「えー、仲間じゃなーい」
「それとこれとは話が別です」
「堅苦しいのねぇ。でも、理解しました、ヴィノー閣下。っていうか、私の上官って誰?」
「貴女には大将付となってもらいます」
「あーらら。夜のお相手でも務めればいいのかしら?」
「南東エリアの警備の任を与えます」
「暇そうな任務ですこと。現地の部隊と合流すればいいのね?」
「そうです」
「わかりました。ぼちぼち行ってきまーす」
「ぼちぼちではいけません。適切な手段で速やかに向かいなさい」
「はーい」
エヴァはひらひらと右手を振りつつ、向こうを向いた。
尻を振り振り、去っていった。
「エヴァはとことんわがままじゃ」
「命令を聞かない場合は一考いたします」
「その心配ないじゃろう。なんだかんだ言ってはいても、あやつはおまえに尊敬の念を抱いているように映るからの。裏を返せば、自らより力量が劣る者は見下しまくるじゃろうということになるが」
「実際、その通りでございましょうね」
「まあ、実に興味深い女子ではある」
「かもしれません」
「間違っても、浮気はいかんぞ?」
「ご冗談を」