第339話 ものを言ったのは経験則。
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朝。
本日最初の謁見者。
スフィーダは戸惑いを隠せない。
数メートル先で片膝をついたのが、カラス髪の男だったからである。
カラス髪の男。
ジェリド・ヴィエイラの暗殺にも一役買ったであろう人物だ。
スフィーダは左手の人差し指をくいくいと使って、ヨシュアを招いた。
彼は大きく腰を屈めた。
さて、内緒話である。
「なぜじゃ? どうして通した?」
「通さなければ通さなかったで、暴れかねないとは思いませんか?」
「うーむ。その線は否定できんな」
「手の内にあるうちは問題がありません。まずは様子を見ましょう」
「うむ。あいわかった」
スフィーダは前を向く。
「バードじゃったな。用件はなんじゃ?」
バードは答えない。
「なんなりと申せ。話はそれからじゃ」
やはりバードはなにも答えない。
「じゃったら、こちらからしゃべってやる。ヨシュアに傷を負わせてくれた不届き者めが。わしがその気になれば、おまえの首の一つや二つ、灰にすることはわけがないと心得ておけ」
カラス髪のバードは顔を上げた。
無表情のままだ。
だが、スフィーダが一つまばたきをするあいだに姿を消した。
「なっ!」
スフィーダ、気づけば驚きの声を発していた。
そして、次の瞬間だった。
バードがスフィーダの眼前で、まさに銀色の刃を振り下ろさんとしていた。
これではバリアだって間に合わない。
殺される。
スフィーダ、そう思った。
だが諦めかけたとき、バードがスフィーダから見て右方にぶっ飛んだ。
ヨシュアが右足で強烈なまでに蹴り飛ばしたのだ。
驚いた。
まさに電光石火の一撃。
しかし、敵もさる者。
ずいぶんとぶっ飛ばされたにもかかわらず、すっくと立ち上がったのだ。
もう向かってはこなかった。
テラスのほうから飛び立った。
逃げの一手を打ったのだ。
その得体の知れなさから、じゅうぶんに恐怖させられた。
空恐ろしさを感じた。
自らを殺害できる可能性。
それを見せつけられた気がした。
ヨシュアがいなければ、斬撃に晒されていた。
どう考えたところで、幼女の体に一太刀浴びせられていれば、死んでいた。
合点がいかないことがある。
ヨシュアはどうして反応できたのだろう。
改めて、玉座のかたわらに控えたヨシュア。
彼は「私がどうして蹴りを見舞うことができたのか、不思議ですか?」と訊ねてきた。
だからスフィーダ、こくこくと頷いた次第である。
「戦闘力だけなら、陛下は最強かもしれません。ですが、学習能力のほうはまだまだでございますね」
「まあ、おまえと比べると、そうなのかもしれん。教えろ、教えろ」
スフィーダはヨシュアの意見を素直に受け容れた上で、玉座の上に立ち上がり、そうねだった。
「以前、この首都アルネで騒動を起こしたマックスという男を覚えていらっしゃいますか?」
「マックス? ……あっ」
そういうことか。
スフィーダには気づきが生じた。
「バードもマックスと同じ魔法の使い手か」
「恐らく」
マックスは飴色の筒をともなわない移送法陣の使い手だった。
短距離しか移動できないであろうという制限があるとはいえ、初見の者なら対峙した次の瞬間には間違いなくやられてしまう、反則の魔法だった。
「バードがそれを使えると、どこでわかったのじゃ?」
「あらゆる要素を考慮に入れた上での結果でございます。単独で訪れたわけですから、裏テクを有しているに違いない。そう判断いたしました」
スフィーダは玉座に深く腰掛けると苦笑し、右手で前髪を掻き上げた。
「おまえがおらんかったら、わしは本当に殺されておったな。ぴかぴかの玉座を血で汚してしまうところじゃった」
「それはそれで、美しい光景なのかもしれませんが」
「くどいようじゃが、フツウの者では、反応するのは困難じゃろうな」
「常にかまえていれば大丈夫でございます。ただし、彼以外に気をとられるようだと、やはり、一撃必殺になりかねない」
「移動距離については、どう見る?」
「やはり、たかが知れているでしょう。でなければ、わざわざ謁見になど訪れない。仕掛けてきたんですよ」
「だいたいわかった。次はもうビビらんぞ」
「そうあってくださいませ」




