第336話 泣きじゃくる、エヴァ。
斬撃を受けたヨシュアが膝から崩れ落ち、前のめりに倒れて、一拍の間。
「いやあっ! いやああああっ!!」
そう声を上げたのはエヴァだった。
だが、もはやとんでもなく取り乱しているエヴァとは違い、スフィーダには真実を見極めようという思いがあった。
実際、スフィーダは強い目をして、状況を睨みつける。
ヨシュアを斬り伏せた男の姿を確認した。
カラスみたいに真っ黒な髪をしている。
まったくの無表情。
だからこそ、一筋縄ではいかない。
そんな存在に見える。
スフィーダは右手をカラス男に向け、左手はアズへと向けた。
どちらもいつでも殺せるという意思表示だ。
「おまえ達、舐めてもらっては困るぞ?」
アズは口元の笑みを絶やさず「それは悪手ですね」と言った。
「俺達はこのシチュエーションが続いたってかまいません。俺もそれなりに使えるつもりです。さらにカラス髪の彼が貴女を狙っている。勝算はおありですか? あったとしても、ちょっとどうにもならないと思いますが?」
アズの言う通りだ。
分が悪い。
どっちも殺してやりたいのだが、仕損じる可能性は否定できない。
一撃だけでは倒せないことを視野に入れなければならないということだ。
「引け、アズ! それにカラス髪の男よ! 命のやり取りにしかならんことはわかっておるじゃろう!!」
「それは脅しにならないと言っているつもりなんですがね」
スフィーダがアズと話をしている間に、もはやカラス髪の男は魔法で創造した銀色の剣をかまえている。
スフィーダは舌を打った。
ヨシュアのケガの具合が気になる。
気になってしょうがない。
起き上がらない、起き上がれない以上、かなりの重傷ではないのか。
「引けっ! 最後通牒じゃ! 貴様らが退かないのであれば、わしは容赦なくおまえ達を焼くぞ!!」
するとアズは「そんなに思い詰めないでください。どうあれたかがヒトが一人いなくなるだけです」と言い。
「いい加減、怒るぞっ!!」
「俺達はここを引き払うつもりはありません。また気に食わないことがあれば、突っ掛かってきてください。取り巻きの魔法使いらは下げていただけますか? 量産型と話をするつもりはないのでね」
「貴様、本当にニンゲンか!?」
「ニンゲンですよ、誰よりもニンゲンであると自負しています」
「必ず殺してやるぞ。アズ・サンタナよ」
「俺は目にものとやらを欲している。殺せるのであれば、殺してください」
エヴァは前のめりに倒れてしまったヨシュアの体をかばうようにしつつ、敵を見据えている。
肩で息をしながら、アズに目をやり、カラス髪の男のことも警戒している。
「おまえの名はわかった。そこのカラス髪の男はなんというのじゃ?」
「バードです。カラス髪ではありますが、清廉潔白な鳥なんです」
「貴様らはなにがしたいのじゃ?」
「面白くない世の中を面白いものへと変異させたい。それだけですよ」
「おまえ達はヨシュアにケガをさせた」
「きっと大ケガです。あるいは死ぬかもしれない」
その言葉が耳に入ったからだろう。
エヴァは再び、「いやああああっ!」と叫び声を上げた。
「また会いましょう。次に会うときはスフィーダ様、のっけから本気で来ていただきたい」
「わかったおるわ。おまえもおまえに付き従う者も死することになるぞ」
「もう一度、言います。面白くなき世を面白く。誰の言葉であるのか。そんなことはどうだっていい」
スフィーダは「エヴァ、行くぞ」と声を掛けた。
エヴァはヨシュアに覆いかぶさったまま、馬鹿みたいに泣いている。
「エヴァ。ヨシュアを助けたいなら、移送法陣を使え」
「助かるの? 陛下、閣下は本当に助かるの?」
「助かる」
スフィーダは一歩踏み出し、エヴァが広げた飴色の筒に包まれた。
包まれる瞬間、スフィーダはアズのほうを見て、バードのほうにも目をやった。
この悔しさは忘れない。
忘れられるはずもない。




