第332話 ジェリド首相の最後の仕事。
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ローラ大陸の南方の島で国家を成す、その名もヴィエイラ。
ヴィエイラの首脳が、城を訪れた。
先方の先頭は首相である。
名はジェリド・ヴィエイラ。
小柄な白髪の老人である。
ジェリドは、プサルムの首相であるアーノルド・セラーと握手を交わすと、テーブルの向こうへと歩んだ。
「どうぞ」
アーノルドがそう促したのに従い、彼らは席についた次第である。
スフィーダ、実はどうして自分がこの場に呼ばれたのか、詳しいところはわかっていない。
ヨシュアに「出迎えましょう」と言われたから出席したのである。
彼女は大人用の椅子に、よいしょと腰掛けたのだった。
「女王陛下の御前です。むしろ、楽にしていただけますでしょうか?」
アーノルドはそう告げた。
まったく、気の利いたことを言う男である。
「申し訳ない」
ジェリドが静かに大きく頭を下げた。
スフィーダ、今日はのっけから、らしくあろうと決めている。
「ジェリドよ。本当に肩の力を抜いてくれ。わしが出席すれば、我が国に対して揺るぎのない信頼が置くことができる。そんなふうに考えての要望なのじゃろう?」
ジェリドはしわくちゃの顔を笑みのかたちに変え、「そういうことでございます」と苦笑い気味に答えた。
「スフィーダ様、本当に申し訳ありません」
「じゃから、そこのところは気にするなと言うておる。偉そうにしゃべるわしのほうこそ失礼だというものじゃ」
にっこりと笑んだジェリド。
「内緒の内緒ではございますが、私の家にはスフィーダ様の肖像画がございまして」
「覚えておる。そんなことがあった。そなたの曽祖父の代に描かれたものであるはずじゃ」
「本当に、よく覚えていらっしゃるのですね」
「ヴィエイラの家系はインパクトが強い。忘れられるはずもないのじゃ」
「スフィーダ様は、本当にお優しい」
「よせよせ。おべっかはときに舌を腐らせる」
「経験則でございますか?」
「ま、そんなとこじゃの」
失礼な言い方をしてしまえばよれよれの老人でしかないのだが、そんなジェリドのことが、スフィーダからすればかわいくてしょうがない。
「困り事なのじゃろう? 地政学的に見ても、ヴィエイラは微妙な立ち位置にある。ローラ大陸の南側の国家の圧力に、アーカムの影響。難しい立場でないわけがない」
ジェリドはまたにこりと笑んで。
「そこでいっそ、貴国の、プサルムの直轄地にしていただこうと考え、参ったのです」
少々驚いたスフィーダではあったが、その線をまるっきり考えていないわけではなかった。
「国民の総意があってのことか?」
「無論でございます。九割以上もの国民が、ぜひそうしてほしいと。プサルムという国の気高さ、尊さは、民のほとんどが共有していることです。私もそこに真実を見ております」
アーノルドよ。
彼に話を振ったスフィーダである。
アーノルドは「心得ております」と返してきた。
「議題については、もちろん、事前に伺っています。私はその方向で推し進めたいと考えています。長い道のりになるのは間違いないことではありますが」
「くどいようじゃが、アーノルドよ、嘘を言うてはおらんのじゃな?」
「スフィーダ様、嘘を言う理由がありましょうか?」
「ありゃせんな」
スフィーダはふぃーっと息を吐いた。
「出しゃばってすまんかった。難しい話に関しては、わしの出る幕はない。うまく事をまとめ、進めてほしい」
ジェリドが「スフィーダ様にお目通りがかない、本当によかった」と言い、また顔をほころばせた。
「わしでも役に立つことはあったか?」
「先にスフィーダ様がおっしゃった通りです。私は安心を得るために、スフィーダ様にお会いしたかったのです」
「笑顔くらいならいくらでも振りまくぞ。得意じゃからの」
「またそうやって、心にもないことをおっしゃる」
「そなたの最後の仕事というわけか?」
「そうなればよいと、考えております」
「気持ちが老け込んでしまうと、体まで老け込んでしまうぞ?」
「私などは先ももう長くありません。もし、貴国に面倒を見ていただけるようになれば、若者達の選ぶ道も多様化することでございましょう」
「我が国と行く先をともにする。そなたはそう考えているのかもしれんが、ときが満ちれば、またヴィエイラを解き放つときが来ると思うぞ」
「その通りでございます。私はそう信じて、自らの生を全うしたい」
「ジェリドは、つくづくお人好しじゃの」
「これはまた、手厳しい」
「いや。褒めておる。ヴィエイラ国の宰相、かくあるべきじゃ」
「ありがとうございます」
「気にするな。そなたが晴耕雨読の日々を送れるよう祈っておるぞ」




