第330話 スカウト。
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朝。
本日一人目の謁見者を見て、スフィーダは面食らった。
目だってえらくおっきくしてしまった。
その謁見者、男は、所定の位置で立ち止まると、片膝をついた。
藍色の髪に藍色の魔法衣。
ブーツまで藍色だ。
丸眼鏡をかけている。
「ラニード・ウィルホークでございます。スフィーダ様と会うのは数度目となりますが、私ごときのことを記憶していらっしゃるでしょうか」
慇懃無礼な言い方に聞こえる。
スフィーダはびっくりの顔から回復、その怪訝さに眉をひそめている。
「忘れることができるキャラクターでもないじゃろうが」
「それは結構」
「無礼者めが」
「存じ上げております」
いまだ、ラニードは面を上げずにいる。
「して、何用じゃ?」
「まずは世間話でも、いかがですか?」
「おまえと話をするつもりはない。単なる殺人鬼となにを話せというのか」
「私はヴィノー閣下に対して、非常にシンパシーを感じているのですが?」
「口調だけは似ていなくもない。じゃが、ヨシュアはおまえよりもずっとヒトを大切にするし、きちんとした目を持っておる。二度目じゃ。もはや言わずともわかるじゃろう?」
「やはり、私は殺人鬼だと?」
「違うのじゃったら、論破してみろ」
「顔を上げても?」
「それくらいはゆるしてやる」
ラニードは顔を上げると、にこりと笑った。
ヨシュアのそれとは違い、当然、邪な笑みであるように感じられた。
「くどいようですが、私の本質は、ヴィノー閣下のそれと似通っていると考えます」
「ほざくな、若造。ヨシュアと自分とを一緒にするな」
「用件に移りましょうか」
「さっさとそうせぃ」
「立ち上がっても?」
「好きにしろ」
「いつでも焼けると?」
「そうじゃ。命が惜しければ間違うな」
「承知いたしました」
すっくと立ち上がると、ラニードは丸眼鏡の奥の目をにぃと細めてみせた。
やはりヨシュアとは違うなと、スフィーダは思う。
ヒトを小馬鹿にし、嘲笑している。
そんな雰囲気が、伝わってくる。
「クレイヴァー」
「エヴァのことじゃな。それがどうかしたか?」
「我が国に、招き入れたいと考えております」
「ほぅ。あるいはダインの側近にでも据えるつもりか?」
するとラニードは、不敵に「ふふ」と笑い。
「その役割を担うには、彼女にはまだ荷が勝ちすぎる。ですが、将来的にはそうなる可能性がある」
「わしもそれなりにエヴァのことは知っているつもりじゃ。重用されんというのであれば、エヴァは首を縦に振ったりはせん。いや、それ以前に――」
「彼女は現状に満足している。スフィーダ様はそうお考えなのですか?」
難しい質問を寄越してくる男だと思わざるを得ない。
性格がひん曲がっているからこそ、相手の嫌なところを突くのがうまいということだろうか。
ラニードは丸眼鏡のブリッジ部分を右手の中指で押し上げた。
フツウのニンゲンでもやるフツウの仕草なのだが、どうにも気に食わない。
嫌われるために生まれてきたような男だとすら思う。
「エヴァは今、貴軍において少佐だと耳にしました」
「それがどうかしたか?」
「お取り次ぎ願いたい。直接会って、話をします」
「断る」
「スフィーダ様のお気持ちを伺っているのではないのですが?」
「おまえの言い分などどうでもよい。ヨシュアよ、言ってやれ」
するとヨシュアは「かまいませんよ」と言ってのけ。
だからスフィーダは玉座からずるっと滑り落ちそうになり。
「ヨ、ヨシュアよ、なにを言い出すのじゃっ」
「正直に言ってしまうと、戦力としてはあまり期待していないんですよ。彼女は移り気ですからね」
「だからといって、放逐してもよいということにはならんじゃろうが。ついでに言っておくと、エヴァはこの国から飛び出すつもりはないと思うぞ?」
「それは彼女自身が決めることです」
ラニードが癪に障る声で、「嬉しいですねぇ。ええ。嬉しいお答えだ。またここを訪れればよろしいですか?」と訊いた。
「明日の夕方、またお越しいただけますか? 目当ての人物を用意しておきますので」
「用意しておく。さすがは閣下。面白い表現をされる」
ラニードが「クックック」と喉を鳴らすようにして笑った。
「ところで、ヴィノー閣下。このあたりによいホテルはありませんか?」
「どこもよいホテルです。よりどりみどりですよ」
「それは嬉しい」
失礼いたします。
そう言って、マントとともに身を翻したラニード。
向こうへと去ってゆく。
「奴の出自等、少し情報を得ておいたほうがよいのではないか?」
「無論、それくらいは以前からやっています。しかし、彼自身が親類や縁者をすべて屠ったわけです。詳しいことまではわからないでいますし、わからないままになるでしょう」
「本当に、エヴァと引き合わせるのか?」
「彼女が嫌だと言えば別ですが」
ヨシュアが後ろを向いた。
彼は侍女らに「次の謁見者のために、椅子を二脚、用意しなさい」と普段通りの指示を出した。




