第324話 ピザ。
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本日の昼食はピザである。
スフィーダ、ピザは好きなのである。
かなり好きなのである。
口の中で、具がそれぞれ主張する。
チーズの甘味が舌を刺激する。
うまい。
うまいのだ。
向かいの席についているヨシュアに対し、スフィーダは「もう少し、ピザの頻度を高めてもよいと思うのじゃ」と意見した。
「いけません。太っちょになってからでは遅いのです」
「少々ぽっちゃりしていたほうが、愛嬌があるというものではないか」
「では、たとえばです。陛下は腹が出ている私を見たいですか?」
「それは難しいところじゃの。それはそれで笑えるじゃろうからの」
「そもそも論、それは腹が出ている男性を冒涜するお言葉でございますね」
「そんな大げさな話ではない。ところで、ヨシュアよ、そっちのピザを一切れ分けてくれ」
「おや? そちらのピザは陛下の大好物であるはずですが?」
「確かにソーセージは好物じゃ。香ばしいのがイイ感じじゃからの。しかし、そっちのトマトソースもうまそうじゃ。サラミも好きじゃしの。というわけじゃから、やはり一切れ寄越せ」
「確かに、ピザは切り分けられています。ですが本来、他者に分けたりはしないものなんです。それが作法なんですよ」
「ええい、細かいことは抜きにしろ。わしが作法じゃ。よって、わしが決める」
「傲慢極まれりですね。国民に嫌われてしまいますよ?」
「おまえが言わなきゃばれんじゃろうが」
「そういう考え方はどうかと思います」
「ほれ」
促すようにそう言い、スフィーダは小皿を出した。
やむを得ない。
そんな顔をして、小皿に自身のピザをのっけてくれたヨシュアである。
「おぉーっ」
トマトソースのなんとかぐわしいこと。
火の通りが絶妙であろうサラミを前にすると、目を輝かすしかない。
「素晴らしい。素晴らしいぞ、ピザであれば、毎日でも食べられるぞ」
「そうは思えません」
「ほぅ。なにをもってそう言うのじゃ?」
「陛下の生については、私はまだ触れた程度でしかありませんが」
「小難しいことはよい。つまるところ、なにが言いたいのじゃ?」
「では、申し上げましょう」
「うむ。申してみよ」
「陛下は絶望的に飽きっぽいでしょう?」
そう言われたスフィーダはドキリとなった。
いやいやいや、そんなふうに振る舞ったことはないはずだ。
博愛をよしとしてきたはずだ。
だから、飽きっぽいところなんて見せたことはないつもりなのだ。
「なっ、なにをもってそう言うのじゃ?」
「感覚的なものです」
「じゃったらそれは冤罪じゃ。まさしくそれは冤罪じゃ」
「でしたら、ピザはご自分のものだけをお食べください」
「それは無情すぎるぞ。一切れ寄越せと言っただけではないか」
「そこに飽きっぽさが滲み出ていると申しております」
「大げさじゃ。おまえの悪いところじゃ。事をネガティブに捉えすぎる」
「ポジティブすぎる陛下は、あるいは馬鹿……いえ、なんでもございません」
「ちょ、おまっ、今、馬鹿だと言いよったな?」
「まさか。我が主君にそのような口を利くなど」
「い、いや。確かに言ったぞ? 馬鹿だと言ったぞ?」
「空耳でございます。どうかお気になさらず、お食事の続きを」
「いいっ、いや、待て待て待て。おまえは確かに馬鹿だと言って――」
「ああ、はい、もうわかりました、結構です。私は陛下のことを馬鹿であると罵りました」
「ちょ、ちょっ、お、おまえ、ついには開き直りよったな?」
「私は陛下を愛しております」
「それこそ馬鹿を言え。愛の一言で済むと思っていてはいかんぞ」
「でしたら、今後は愛など持たずに接することといたします」
「だ、だから、そのへんが開き直っていると言ってるわけじゃが?」
ヨシュアが右手を額にやり、ゆるゆると首を横に振った。
「不毛です、陛下。この話題はここらで終わりにいたしましょう」
「いい、いや、だからちょっと待て。ここはわしが怒る場面であってじゃな――」
「陛下、早く食事をお済ませください。昼休みが終わってしまいますので」
「ひらひらかわすのはよくないぞ? やりすぎるとヒトに嫌われるぞ?」
「私は陛下の前でしか無礼なことは申しません」
「わ、わしの前じゃと無礼なことを言うのか?」
「平にご容赦を」
「いや、いやいや。待て待て待て。おまえにとってわしはどのような存在なのじゃ?」
「遊び相手……ああ、失言でした、謝罪します」
スフィーダ、腹が立ったので、椅子の上に立ってヨシュアのピザを強奪してやろうと考えた。
しかし、彼は最後の一切れを素早く取って、自らの口へと運んだ。
まあ、ピザの話から肥満の話へと発展したのは仕方がない。
しかし、えらく馬鹿にされたことについては大いに抗議したいスフィーダである。
「ピザは、本当においしゅうございますね」
格別の笑顔でそんなふうに言われると、毒気を抜かれてしまうというものだが。




