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第32話 ポジティブ・ジョニー。

       ◆◆◆


 歩んでくる男は白いタキシードを着ており、右手には薔薇の花束を持っている。


 男は花束を脇に置きつつ片膝をつき、促されるより早く顔を上げた。

 そして「ジョニーでぇす!」と大きな声で名乗った。

 続いて、真っ白な歯を見せて笑顔を作った。


 スフィーダ、少々、圧倒された。

 なんと自信満々な男だろう。

 ナルシストだ。

 間違いなくナルシストだ。


「スフィーダ様!」

「なな、なんじゃ?」


 立ち上がったジョニーが、その場でくるりと一回転した。

 薔薇の花束を向けてくる。


「僕からのプレゼント、受け取ってもらえますよね?」


 まったく、いちいち芝居がかった表現をしてくれる。


「あ、ああ。よいぞ。いただくとしよう」


 短い階段を上がって近づいてきたジョニーはまた片膝をつき、右手で花束を差し出してきた。

 スフィーダは両手を伸ばして受け取り、それを膝の上に置いた。


「スフィーダ様!」

「こ、今度はなんじゃ?」

「右手を、こちらに」


 言われた通り、右手を差し出してやった。

 すると、手の甲にキスされてしまった。

 ジョニーはウインクをして、「惚れちまっただろ?」などと言う。

 当然、スフィーダの全身には鳥肌が立つわけだ。


「ジョ、ジョニーよ、とりあえず、元の位置に戻ってくれぬか?」

「ははっ。照れ屋さんだな、スフィーダは」


 なんだかよくわからないうちに、呼び捨てにされてしまった。

 無礼を通り越して馴れ馴れしい。


 階段を下り、身を翻したジョニー。


「スフィーダ!」

「つつ、次はなんじゃ?」

「僕達のデートの日取りを決めなくちゃ!」

「デ、デートじゃと?」

「そうさ! デートさ!」

「それは無理じゃ。なぜだかはわかるじゃろう?」

「立場のことを言ってるのかい? そんなの捨ててしまえばいいのさ!」

「か、簡単に言ってくれるのぅ」

「僕なら君を幸せにできる。一生、愛すると誓おう。そうだ。結婚しよう、スフィーダ!」

「じゃ、じゃから、わしは一応、女王なのじゃぞ?」

「スフィーダは二千年生きている。対して僕は、二千年に一人のイケメンなのさ!」

「い、いや、ジョニーよ。話を聞け」

「新婚旅行はアーカムに行こう。凍てつく日差しのもとでバカンスさ!」

「凍てつく日差しという表現は著しくおかしいぞ? 間違っておるぞ?」

「さあ、スフィーダ! 遠慮せずに僕の胸に飛び込んでおいで!」

「そ、そんな真似はせぬぞ? けっしてせぬぞ?」

「なんだいなんだい。ひょっとして、もう好きな男がいるのかい?」

「そ、それは……」


 スフィーダ、頬に熱を感じてしまう。

 顔だって赤くなってしまっているかもしれない。


「だだ、誰だい、ソイツは。僕よりイケメンなのかい?」


 ジョニーは慌てた様子で訊ねてきた。


「ま、まあ、そのへんはどうだってよいではないか」

「いいや。僕は納得いかないね。スフィーダが愛していいのは僕だけさ!」

「なにを根拠にそんなことを……。というか」

「なんだい、マイ・ハニー」

「そなた、わしのファンクラブのニンゲンではないのか?」

「ああ、あれね。違うよ。僕をあんな下品な男達と一緒にしないでほしい。彼らはスフィーダに思いを馳せながら、はあはあするだけの集団じゃないか。僕はこの世界で唯一、スフィーダをベッドの上ではあはあ言わせてあげられる男なのさ」

「幼女をはあはあ言わせるなど、倫理的によろしくないのではないのか?」

「僕がやる分にはいいのさ」

「なぜ言い切れるのじゃ……」


 スフィーダ、なんだか疲れてきた。

 それにしても、双子の近衛兵、ニックスとレックスは、よく笑わずに立っていられるものだと感心させられる。

 ヨシュアなんか、さっきからクスクスしっぱなしなのに。


「スフィーダ、照れなくたっていいのさ。さあ、僕と一緒にベッドの上で、はあはあしよう!」

「せぬと言ってるじゃろうが」

「もしかして、照れているのかい?」

「照れてなどおらぬ。のぅ、ジョニーよ、一つだけ言っておく」

「なんだい? マイ・スイート・ハニー」

「しつこい男は嫌われるぞ?」


 その言葉の威力たるや、想像を絶するものだったらしい。

 ジョニーは絶望の表情を浮かべ、両手で頬を挟みながら、崩れ落ちるようにして跪いた。


「い、いにしえから伝わる恋愛のセオリーじゃないか。スフィーダは、僕がしつこいって言うのかい?」

「ああ、そうじゃ、すまんな、ジョニー」


 なんだかもうどうでもよくなってきたスフィーダ。

 だから、ジョニーの扱いについてもぞんざいなものとなる。


「……わかった。わかったよ、ハニー」

「ようやくわかってくれたか」

「ああ。よくわかったさっ」


 ジョニー、すっくと立ち上がった。


「日が悪かったのさ!」

「い、いや、そんなことはないぞ? いつ来ても同じじゃぞ?」

「今日のところは退散するよ。今宵はぜひ、僕のことを思ってはあはあしてほしい」

「……まるで話が噛み合わぬな」


 ジョニーが向こうを向いた。

 上半身をひねり、左手の親指を立て、にっと笑ってみせた。

 それからようやく、立ち去ってくれた。


 スフィーダ、頭をゆるゆると左右に振る。


「のぅ、ヨシュアよ」

「なんでございましょう」

「ジョニーは普段、どういった仕事をしておるのじゃ?」

「無職でございます。家が裕福なのでございますよ」

「まさにドラ息子ということか」

「さようでございます」

「聞いてもらいたいことがある」

「なんなりと」

「そろそろ、謁見者を選ぶにあたっての基準を教えてほしい」

「それは秘密でございます」

「そうか……」


 がっくりと首を前にもたげたスフィーダだった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 短編や中編ではなく、長編を、特にこうした連作的な構造の作品を読む醍醐味の一つに、なんでしょう、うまく言えないのですが、「通い慣れたいつもの店的な安心感」というんでしょうか。読者もその登場人…
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