第32話 ポジティブ・ジョニー。
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歩んでくる男は白いタキシードを着ており、右手には薔薇の花束を持っている。
男は花束を脇に置きつつ片膝をつき、促されるより早く顔を上げた。
そして「ジョニーでぇす!」と大きな声で名乗った。
続いて、真っ白な歯を見せて笑顔を作った。
スフィーダ、少々、圧倒された。
なんと自信満々な男だろう。
ナルシストだ。
間違いなくナルシストだ。
「スフィーダ様!」
「なな、なんじゃ?」
立ち上がったジョニーが、その場でくるりと一回転した。
薔薇の花束を向けてくる。
「僕からのプレゼント、受け取ってもらえますよね?」
まったく、いちいち芝居がかった表現をしてくれる。
「あ、ああ。よいぞ。いただくとしよう」
短い階段を上がって近づいてきたジョニーはまた片膝をつき、右手で花束を差し出してきた。
スフィーダは両手を伸ばして受け取り、それを膝の上に置いた。
「スフィーダ様!」
「こ、今度はなんじゃ?」
「右手を、こちらに」
言われた通り、右手を差し出してやった。
すると、手の甲にキスされてしまった。
ジョニーはウインクをして、「惚れちまっただろ?」などと言う。
当然、スフィーダの全身には鳥肌が立つわけだ。
「ジョ、ジョニーよ、とりあえず、元の位置に戻ってくれぬか?」
「ははっ。照れ屋さんだな、スフィーダは」
なんだかよくわからないうちに、呼び捨てにされてしまった。
無礼を通り越して馴れ馴れしい。
階段を下り、身を翻したジョニー。
「スフィーダ!」
「つつ、次はなんじゃ?」
「僕達のデートの日取りを決めなくちゃ!」
「デ、デートじゃと?」
「そうさ! デートさ!」
「それは無理じゃ。なぜだかはわかるじゃろう?」
「立場のことを言ってるのかい? そんなの捨ててしまえばいいのさ!」
「か、簡単に言ってくれるのぅ」
「僕なら君を幸せにできる。一生、愛すると誓おう。そうだ。結婚しよう、スフィーダ!」
「じゃ、じゃから、わしは一応、女王なのじゃぞ?」
「スフィーダは二千年生きている。対して僕は、二千年に一人のイケメンなのさ!」
「い、いや、ジョニーよ。話を聞け」
「新婚旅行はアーカムに行こう。凍てつく日差しのもとでバカンスさ!」
「凍てつく日差しという表現は著しくおかしいぞ? 間違っておるぞ?」
「さあ、スフィーダ! 遠慮せずに僕の胸に飛び込んでおいで!」
「そ、そんな真似はせぬぞ? けっしてせぬぞ?」
「なんだいなんだい。ひょっとして、もう好きな男がいるのかい?」
「そ、それは……」
スフィーダ、頬に熱を感じてしまう。
顔だって赤くなってしまっているかもしれない。
「だだ、誰だい、ソイツは。僕よりイケメンなのかい?」
ジョニーは慌てた様子で訊ねてきた。
「ま、まあ、そのへんはどうだってよいではないか」
「いいや。僕は納得いかないね。スフィーダが愛していいのは僕だけさ!」
「なにを根拠にそんなことを……。というか」
「なんだい、マイ・ハニー」
「そなた、わしのファンクラブのニンゲンではないのか?」
「ああ、あれね。違うよ。僕をあんな下品な男達と一緒にしないでほしい。彼らはスフィーダに思いを馳せながら、はあはあするだけの集団じゃないか。僕はこの世界で唯一、スフィーダをベッドの上ではあはあ言わせてあげられる男なのさ」
「幼女をはあはあ言わせるなど、倫理的によろしくないのではないのか?」
「僕がやる分にはいいのさ」
「なぜ言い切れるのじゃ……」
スフィーダ、なんだか疲れてきた。
それにしても、双子の近衛兵、ニックスとレックスは、よく笑わずに立っていられるものだと感心させられる。
ヨシュアなんか、さっきからクスクスしっぱなしなのに。
「スフィーダ、照れなくたっていいのさ。さあ、僕と一緒にベッドの上で、はあはあしよう!」
「せぬと言ってるじゃろうが」
「もしかして、照れているのかい?」
「照れてなどおらぬ。のぅ、ジョニーよ、一つだけ言っておく」
「なんだい? マイ・スイート・ハニー」
「しつこい男は嫌われるぞ?」
その言葉の威力たるや、想像を絶するものだったらしい。
ジョニーは絶望の表情を浮かべ、両手で頬を挟みながら、崩れ落ちるようにして跪いた。
「い、古から伝わる恋愛のセオリーじゃないか。スフィーダは、僕がしつこいって言うのかい?」
「ああ、そうじゃ、すまんな、ジョニー」
なんだかもうどうでもよくなってきたスフィーダ。
だから、ジョニーの扱いについてもぞんざいなものとなる。
「……わかった。わかったよ、ハニー」
「ようやくわかってくれたか」
「ああ。よくわかったさっ」
ジョニー、すっくと立ち上がった。
「日が悪かったのさ!」
「い、いや、そんなことはないぞ? いつ来ても同じじゃぞ?」
「今日のところは退散するよ。今宵はぜひ、僕のことを思ってはあはあしてほしい」
「……まるで話が噛み合わぬな」
ジョニーが向こうを向いた。
上半身をひねり、左手の親指を立て、にっと笑ってみせた。
それからようやく、立ち去ってくれた。
スフィーダ、頭をゆるゆると左右に振る。
「のぅ、ヨシュアよ」
「なんでございましょう」
「ジョニーは普段、どういった仕事をしておるのじゃ?」
「無職でございます。家が裕福なのでございますよ」
「まさにドラ息子ということか」
「さようでございます」
「聞いてもらいたいことがある」
「なんなりと」
「そろそろ、謁見者を選ぶにあたっての基準を教えてほしい」
「それは秘密でございます」
「そうか……」
がっくりと首を前にもたげたスフィーダだった。