第315話 マキエは男に興味がない?
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「以前にも申し上げた通り、私はヴァレリア大尉とエッチがしたいのです。フォトン少佐とでしたら三人でするのもやぶさかではないのです。うぉぉぉぉ……。そんなふうに考える私のどこが悪なのでしょうか……?」
赤絨毯の上に設けられた椅子に腰掛けているマキエは、頭を抱え、そのようなことを言ったのだった。
スフィーダ、顔に熱を感じている。
あるいは鼻血を噴き出してしまうかもしれない。
以前もマキエはそう言っていたが、改めて言われると聞いているほうが恥ずかしいのである。
「スフィーダ様、教えてください。私は間違っていますか?」
「えっとじゃな……い、いや。想像することは自由だと思うぞ?」
「うぉぉぉぉ……。やっぱり私は大尉に抱かれたいのですっ!」
「それはアレか? いわゆるレズビアンというヤツなのか?」
「スフィーダ様はそういった人種を差別するのですか!?」
「い、いや。そんなことはないぞ? そういうことではないぞ?」
「抱かれたい、ああ抱かれたい、抱かれたい。スフィーダ様、ご存じですか?」
「なんのことじゃ?」
「ヴァレリア大尉の乳房のことです」
「ち、乳房?」
「おっぱいと言ったほうがわかりやすいですか?」
「ど、どちらでもでかまわんが……」
「こないだ、ヴァレリア大佐におっぱいを触らせていただいたのです」
「お、おぉぉ。そのようなことがあったのか」
「スゴく重くてスゴくぷるんぷるんでした。あれに触ったら、男性はみんな、おかしくなります」
「そ、そうなのか?」
「はいなのです。うぉぉぉぉ……。あのおっぱいを一人占めしているフォトン少佐は、裁かれるべきですよぉ」
「二人は愛し合っておるわけじゃ。だったら――」
「うぉぉぉぉ。いけない妄想をしていると鼻血が」
本当に鼻血を出したマキエである。
彼女は「失礼します」と言って、白いハンカチで鼻の下を拭うのである。
「あうぅっ!」
「こ、今度はなんじゃ!?」
「どうすれば私はヴァレリア大尉とエッチができるのでしょうか。そのことに関して伺いたくて、謁見を申し込んだ次第なのですよ。二千年以上も生きていらっしゃるスフィーダ様のお知恵をたまわりたいのですよ」
結構、真剣な目なまなざしを向けてくるマキエである。
あるいは切実さを帯びているようにも映る。
ヴァレリアと、したい。
どうやってするのかと考える。
あるいは邪とも言える想像が頭の中を駆けめぐって、だからまた、スフィーダは赤面してしまう。
鼻血を噴き出さずに済んでいることについては、もはやラッキーとしか言いようがない。
そのときだった。
テラスのほうから飛んできて侵入し、赤絨毯の上へと舞い下りた男の姿があった。
特徴的な黒い上下からして、軍人だろう。
結構、ゴツい男だ。
だからなんだという話で、無礼極まりない奴でしかない。
「ああ、やっぱり本当だ。マキエ、こんなところにいたんだな」
気色ばんだ様子の双子の近衛兵、ニックスとレックスが、すかさず男の前に立ち塞がった。
「まあ、待ってくれないか? ご覧の通り、俺は軍人だ。敵じゃない」
それはそうだ。
敵ではないだろう。
しかし、どう考えたって、テラスから入ってくることは礼を欠いている。
それでもスフィーダは、双子の近衛兵に向けて「よい」と言葉を発した。
ただちに槍を引いた二人である。
どうあれ男に危険性はないと踏んだ、スフィーダである。
マキエは椅子に座ったまま、自身に歩み寄ってきた男を見上げた。
「ですからドルーさん。私は貴方に興味などないのですよ。放っておいてほしいのですよ」
「そんなこと、言わないでほしいな。俺の愛はスゴく大きなものなんだから」
「どれくらい大きいのですか?」
「世界の誰よりも愛しているのさ」
マキエは頭を抱え、また「うぉぉぉぉ……」と漏らした。
「ドルーさん、いい加減、私のことは諦めてくれませんか? 基本、私は、男性になど興味はないのですから」
「それは不健全だと言っているんだ」
「私の想いを否定されるわけですね。わかりました」
すっくと立ち上がったマキエである。
「ドルーさん。私のことが好きだとおっしゃるのであれば、私をやっつけてください」
「そんなこと、できるわけがないだろう? 余裕だけど」
「余裕だという言葉が癪に障りました。わかったのです。地に伏せていただくのです」
「はあ?」
あっという間の早業。
マキエはドルーの左の膝を真正面から蹴った。
「ぐあぁっ!」
そんなふうに醜い声を上げたドルー。
ぴょんと跳ねたかと思うと彼の顎に右の肘を決め、マキエは速やかに彼のことを転がしてみせたのだった。
スフィーダ、マキエのことを少々見くびっていたと感じた。
だってマキエときたら、転がったドルーに対して、執拗なまでにストンピングを浴びせるからだ。
彼女がここまで容赦のないニンゲンだとは、スフィーダも考えていなかった。
ようやく気が済んだようだ。
溜飲を下げたというヤツだろう。
「このドルーってヒト、部隊のメンバーなんです」
「浅はかで軽薄そうなニンゲンに見えるのじゃが?」
「その旨、少佐と大尉に伝えます。力があっても精神面が馬鹿なら、それは救いようがない阿呆ですから。お二人とも、わかってくださると思います」
「マキエは退屈か?」
「そう考えた時期もあるのですが、ヴァレリア大尉のおそばにいられれば満足なのです。テラスから飛び立つことをおゆるしいただけますか? 移送法陣でもよいのですが」
「移送法陣? そういえば、その点については訊いたことがなかったな。ふむふむ。そなたは使えるのか」
「最近、使えるようになったのです。ヴァレリア大尉にコツを教えていただきました」
「お、おぉっ。そなたも成長する魔法使いなのか」
「そなたもということは、他にもいるのですか?」
「い、いや。まあ、気にするな。ら飛んでゆくがよいぞ。ドルーの身柄はについては、こちらで対応しよう」
「では、失礼いたします」
マキエはすたすたとテラスに向かって歩いていった。
多少、ドルーは不憫だなとスフィーダは思った。




