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全力女王!~気高き幼女は死神に見捨てられたのか?~  作者: XI


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312/575

第312話 生き物はおもちゃではないはずのに……。

       ◆◆◆


 毛の短い、薄い茶色の犬である。

 体が大きい。

 赤いスカーフを首に巻いていて、それがなんともおしゃれである。


 かわいいっ!


 そう思ったが最後、スフィーダは玉座を離れるより他にない。

 短い階段をぴょんぴょんと下りて、犬の前で膝を折った。


 よっしゃ、来い!


 そんな思いなのである。

 飛びついてこいという意思表示なのである。


 しかし、茶色の犬には伝わらなかったようだ。

 犬はスフィーダのほうを少し見ると、すぐに赤絨毯の上で丸くなったのだった。


 スフィーダ、残念に思う。

 もっと愛嬌があって、もっと愛想を振りまいてくれるような犬に見えたからだ。


「ごめんなさい、ごめんなさいっ」


 犬の飼い主であろう。

 リードを持っている少女が、繰り返し頭を下げる。


「よいのじゃ、よいのじゃ。人見知りする犬もおるじゃろう。柴犬じゃな、こやつは」

「わかるんですか?」

「だてに二千年以上も生きておらん」


 スフィーダはハッハと笑った。

 笑ってみせたのだが、目の下のそばかすが目立つ、まだ十一や十二といったところであろう少女は、目尻にじわりと涙を浮かべた。


「ど、どうしたのじゃ? どうして、泣きそうな顔をするのじゃ?」

「毛並みを見てわかりませんか?」

「う、うむ。結構、年を食っていそうなのはわかるぞ」

「そうです。きっともう、長くないんです」

「獣医にそう言われでもしたのか?」

「そんなことはないんですけれど……」

「だったら、心配は要らんということじゃ。このふてぶてしさ。立派な犬じゃ。きっとまだまだ長生きするぞ」


 なにが悲しいのか、少女はいよいよ両手で顔を覆い、泣き出してしまった。


「どどっ、どうした? どうしたというのじゃ? その理由を教えてくれ」

「このコ、ストーンっていうんですけれど」

「まさに力強い名じゃな」

「はい。このコが本当に好きなのは、私のお姉ちゃんなんです」


 まだ事情を掴みかねているので、スフィーダは首をかしげた。

 眉をひそめたりもした。


「いったい、どういうことなのじゃ?」

「このコはお姉ちゃんの宝物でした」

「でした? 過去形なのか?」

「新しい、スゴくかわいらしいチワワが来たんです。そしたら、お姉ちゃんはストーンのことには見向きもしなくなって……」

「そ、そんなの、いかんではないか」

「だから、私がたくさん、遊んであげようと決めたんです。でも、ストーンはあまり私に懐いてくれません。お姉ちゃんに優しくしてもらった思い出が、頭から離れないんだと思います」

「そなたの姉はいくつなのじゃ?」

「十四歳です」

「それくらいの年なら、うまく立ち回ってもよさそうなものじゃが……」

「とにかく、それが本当のことなんです」


 スフィーダは丸くなったまま眠っているように見えるストーンの頭に右手を伸ばした。

 途端、がうがうと吠えられたてしまった。

 そんなこと、予想もしていなかったものだから、ことのほか驚いた彼女である。


「こんなこと、スフィーダ様に話すようなことじゃないのはわかっているんです。でも、どうしたらこのコの苦しみを軽くできるんだろう、って……」


 スフィーダは腕を組んだ。


「そなた、名前は?」

「アヤです」

「新しい犬も、姉上に首ったけなのか?」

「そうみたいです……」

「つらいのぅ」

「はい。つらいです……」


 アヤはまた、ぽろぽろと涙をあふれさせた。


「だいぶんおじいちゃんなんだから、いっぱい幸せになってほしいんです」

「わしはの、アヤよ。そなたの行為は、けっして無駄ではないと思うのじゃ」

「私はお姉ちゃんの代わりにはなれませんっ」

「そうであるなら、ストーンの面倒を見てやる必要はないはずじゃ。ただなんとなく、飼ってやっていればいい。だが、そうではないのじゃろう? ストーンはそなたの家族に幸福をもたらした存在じゃ。それは間違いないのじゃろう?」


 ぐしゅぐしゅと鼻を鳴らすアヤ。


「ストーンは私が生まれたときから家にいました。私はストーンと一緒に大きくなったんです。なのに、誰からも祝福されることなく、死んでしまうなんて……」

「どうやら、そなたはおませさんのようじゃの」

「おませさん?」

「いい意味で言っておる。とおやそこらの娘が、そこまで悩むのじゃ。そなたは利口なのじゃ。口にする言葉にも気遣いが感じられる。素晴らしいぞ」

「素晴らしいんですか?」

「そうじゃ。そなたは素晴らしいおなじゃ」

「ストーンはまた、お姉ちゃんに優しく撫でてほしいんだと思います」

「じゃろうのぅ」

「でも、お姉ちゃんにそうしてもらえないと、ストーンはかわいそうなままです。誰にも不幸になってほしくありません。みんなに幸せになってほしいです」

「ストーンはこんなにかわいいのじゃ。どうか、どうかそなたを含めたそなたの家族には、最期の瞬間まで面倒を見てもらいたい」

「お姉ちゃんに言ってみます。ストーンは悪くないんだから、最期まで仲良くしてほしい、って」

「アヤよ、言葉では言い表せないくらい、そなたは立派じゃ」

「でも、私はストーンになにもしてあげられていません」

「でも、これからがんばるのじゃろう?」

「はい。がんばります」


 スフィーダはストーンにひたいに手を伸ばす。

 やっぱり、がるるるるっと怒られてしまった。




       ◆◆◆


 後日、またアヤが訪ねてきた。

 泣きながら、泣きながら。


「ストーン、保健所に連れていかれてしまいました……」

「えっ? な、なぜじゃ? どうしてじゃ?」

「私のことを噛んだんです。そしたら、パパとママが、ヒトを噛んだ犬はそのままにはしておけない、って……」

「そう、か……」

 

 確かに、そういうこともあるだろう。

 わかる話だ。


「ストーンは、なにも悪くないのに……。寂しいから、かまってほしかっただけなのに……」


 アヤは大声を上げて、泣き出した。


「悔しいよぅ、悔しいよぅ。生まれたときから一緒だったのに。ずっと一緒だったのに!」


 スフィーダは玉座から腰を上げ、階段を下って、自らより幾分背の高いアヤに抱きついた。


 途端、抱き返された。


 アヤは「悔しいよぅ、悔しいよぅっ!」と、また言った。


 スフィーダもこらえ切れずに、涙を流した。


 こんなに悲しいことはない。


 アヤが言った通りだ。


 ストーンはただ、かまってもらいたかっただけなのに……。


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