第31話 キス、くしゃみ。
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私室において。
ベッドに腰掛けているフォトンの太もものあいだに立ち、スフィーダは目を閉じた。
どうしても我慢ならなくなって、無言でキスをねだったのだ。
唇同士が触れ合ったのは、ほんの一瞬。
その刹那がとても愛おしく感じられた。
フォトンはまた、ここ首都アルネを出てしまう。
西の警備の任に戻るからだ。
明日、出ていってしまう。
腰を下ろしてフォトンの体に背を預ける。
彼は優しく頭を撫でてくれた。
「のぅ、フォトンよ。おまえはおまえ自身が矛盾しているとは思わんのか? わしを守りたいのであれば、誰よりもわしの近くにいるべきじゃろう?」
フォトンはもちろん、なにも言わない。
ただそっと、スフィーダの長い黒髪に指を通してくる。
戦闘狂だとは思っていない。
ただ、常になんらかの刺激を欲しているようには映る。
そのあたりを突き詰めていくと、結局は命の奪い合いということになるのだろう。
「わしより戦か」
少し笑いながら、あえてそう言ってみた。
そして改めて立ち上がり、フォトンの太い首に両腕を回す。
「わしは誰かに守られるほど、弱くはないつもりなんじゃがな」
スフィーダは耳元でそうささやき、甘い声で「愛しておるぞ、フォトン……」と言った。
◆◆◆
フォトンが旅立った日の夕食時。
いざ分厚いステーキを切ってやろうとフォークとナイフを手にした瞬間、「ぶぇっくしょん!」と派手なくしゃみが出た。
かたわらに控えているヨシュアが「まさか、ついにお風邪でございますか?」と訊いてきた。
いつもの静かな口調だが、多少の心配はしていることだろう。
「そもそも陛下のお召し物はどれもすけすけ、生地が薄すぎるのです。本当は露出狂なのでございますか?」
「露出狂というわけではない。単なる好みの問題じゃ。捨て置け」
「しかし、なんの前触れもなく、くしゃみをされたではありませんか」
「どこぞの男子らが美幼女すぎるわしの噂をしておるというだけじゃ」
「なるほど。それは考えもしませんでした。あり得る話でございますね」
「じゃろう?」
「ええ。誰かが陛下の美しく麗しいお姿に思いを馳せながら、はあはあしているのでございま――」
「おまえはなぜすぐ下ネタに持っていくのじゃ!」
「お嫌いですか? 下ネタは」
「好かぬっ」
「またまた。実はお好きなくせに」
「そんなことはないっ」
「ですが昨日、フォトンとはあんなに激しく求め合っていたではありませんか」
「おい! こっそり覗いておったのか!?」
「はい。幼女と大男が裸でああだこうだする姿はまさに目の毒――」
「そこまではしとらんわ!」
「確かに、濡れ事は無理ですね」
「ぬぬぬ、濡れ事言うな! 二度と言うな!」
「濡れ事でございます。濡れ事にございます」
「阿呆か!」
「いや。しかし、その気になれば濡れ事も可能――」
「その気にならんわ!」
「また嘘をおっしゃって」
「ぐっ、ぐぬぬぬぬっ!」
「陛下、食事が冷めてしまいますよ?」
「わあっとるわい! おまえはどれだけわしをからかえば気が済むのじゃ!」
「天井知らずでございます」
「わかりにくいわ!」
スフィーダ、ぷんすか怒って、フォークを肉にぶっ刺したのだった。




