第308話 延命措置。
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玉座のすぐ近くに設けさせた白いテーブルの席にて、ヨシュアと向かい合って座っているスフィーダである。
ヨシュアがなんの前触れもなく、「延命措置について、どうお考えになりますか?」などと訊いてきた。
訊ねられたところでぱっと答えることはできない類の質問だ。
それでもヨシュアは「どうお考えになりますか?」と重ねて問うてくる。
「むぅ。よし、わかった。答えよう。あらかじめ断っておくが、少々偉そうな物言いになるぞ?」
「かまいません」
「わしはの、ヨシュア。先が見えん延命措置なら、それをやっても仕方がないと思う」
「平均点のお答えですね」
「む。平均点とか言われると、なんだか怒りを覚えるぞ?」
「まあ、その通りだという話でしかありません」
「じゃたら、意地悪な質問をするな」
ヨシュアは「その延命措置を受けている少女がいます」などと、これまたいきなりぶち込んできた。
「どどっ、どういうことじゃ?」
「私は会ってきました。顔が真っ白な少女でした」
「だ、だからじゃな、わしはどういうことじゃと訊いて――」
「少女はもう、長くないそうです」
「それだけではわからんと言っておるのじゃ。どういうことなのかきちんと聞かせろ。でなければ、いい加減、怒るぞ」
「怒られるのは、まっぴらごめんでございます」
「じゃったら――」
「どうやら、少女は喉をやられたそうです」
「喉?」
「喉でございます。一度患うと、治癒が難しい部分でございます」
「そうなのか……」
「はい」
スフィーダは俯いた。
文句を言ってやりたい相手は神様だ。
「延命措置。それは悪いことなのか?」
「先ほど、陛下はよくないとおっしゃいましたよ?」
「まあ、それはそうなのじゃが……」
「陛下のお気持ちはわかります。ですが、あまりに長患いをするとみなに迷惑をかけてしまうかもしれない。そう考えるニンゲンもいるんです」
「それは少し、悲しすぎやせんか?」
「私はあえて、悲しい言い方をしています」
「その少女に会うことは? 可能なのか?」
「可能です。ただ、短い時間にしてくださいませ」
「んなこた、わかっておる」
「明朝、向かいましょう」
「いつでもよい。最優先事項じゃ」
◆◆◆
問題の病室に至った。
個室だ。
入室すると、髪に白いものがまじっている中年くらいと思しき女性が、立ち上がって頭を下げてみせた。
「よいよい、よいのじゃ。お辞儀をする必要などないぞ」
「だからといって、スフィーダ様に礼儀を欠くわけには……。本当に、来てくださったんですね。娘は常日頃から、スフィーダ様に会いたいと申しておりました。それが……その願いが、こんなかたちで叶うだなんて……」
スフィーダは歩みを進め、ベッドの上で仰向けになっている少女の顔を覗き込んだ。
その顔は、聞いていた通り、真っ白だ。
目にも唇にも、まるで色がない。
「延命措置。そう聞かされた」
「はい。私は娘に対して、あまりにつらいことを強いているのかもしれません」
「わしは医学に詳しくない。モルヒネでも投与したら、痛みを忘れ、楽になるということなのか?」
「まさに、その通りです」
「単純な延命措置というわけでもないのじゃな」
「ただ生きていてほしい。だから、せめて痛みは感じさせたくない。それだけなんです」
愛娘が死の淵に立っているわけだ。
不安定にもなるだろう。
母親は「延命措置のどこがいけないんですか?」などと、いきなりけんか腰で訊ねてきた。
「わしは、いけないなどとは言っておらん」
「でしたら――」
「聞いてくれ。延命措置は、そのニンゲンを苦しませることに他ならんと思うのじゃ」
「ですけど、私の子は、娘はまだ生きていて……っ」
「よくないのじゃ、本当に。死に際を誤ってはいかん」
「そうかもしれません。だけど、でも、私は……」
スフィーダは目を閉じ、一つ吐息をついた。
「わしは魔女じゃ。二千年以上も生きておる。その経験からものを言う。信じてほしい。ヒトにはヒトの死に方があるのだと信じてほしい」
母親は、涙をこぼした。
「もういっそ、娘のことを、スフィーダ様かヴィノー様が殺していただけないでしょうか。それなら私も諦めがつくんです。前を向いて、生きることができるのだと思うんです」
つらい話じゃ。
スフィーダはそう言った。
心の内が迷いに満ちる。
「自然死が望ましい。まことに勝手な物言いながら、私はそう考えます」
ヨシュアがぽんとそう言った。
話を聞き、その上で判断し、正しいと思える回答を述べたのだ。
「それは理解できます。でも、殺してやっては、いただけませんか……?」
母親はいっそう、泣く。
「それはできません」
きっぱりと言ったヨシュアである。
「なぜですか? ヴィノー様、どうしてですか?」
「殺してほしい。それは貴女の意思でしょう? 貴女の子の意思ではない」
「でも、娘だってきっと――」
そのときだった。
娘がうっすらと目を開け、震える右手をヨシュアに伸ばしたのだ。
娘の口が動いた。
「殺して……?」
確かに、そう動いた。
重い言葉だ。
少女が言っていい言葉でもない。
ヨシュアは目を閉じ、それから娘の薄い胸の上に右手をかざした。
「ありがとう、ございます。お医者様には、私から、説明します」
母親がたどたどしい口調でそう言った。
「その場には私も同席します。私が、殺めるのですから」
ヨシュアが「大丈夫ですよ。痛くありません。そして、信じてください。貴女の命は私が背負う」と娘に告げた。
まもなくして、ヨシュアは娘を殺した。
細いナイフのような黄金色の刃物を魔法で生成し、それで心の臓を貫いた。
まさに事切れる瞬間、少女が「ありがとう」と口を動かしたのがわかった。
涙が止まらなかった。




