第306話 ティーム・ブラックの真意。
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グスタフの首都の空では、フォトンの部隊の飛空艇が周回している。
ゆったりと飛ぶそれを見ていると、頼もしい限りだと感じる。
屈強極まりない彼の部隊なら、「敵をまるっと殲滅しろ」と言われれば、難なくこなして見せるだろう。
しかし、敵の首謀者については、まだ不明なのだ。
慎重さをもって事にあたる必要があるというステータスに変わりはない。
そのような考えをめぐらせながら、上空から街を見下ろしていた最中に、だ。
一人の兵、若い男からスフィーダのもとに、主犯を名乗る人物が現れたという知らせが届いた。
その人物は、首都のど真ん中にいるとの話だった。
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スフィーダはヨシュアとともに、問題の場所へと至った。
やがて、首都の中央広場に下り立った。
祝福を告げるのだろうか。
大きな金色の鐘が白いアーチに吊るされている。
その鐘のそばに立っていたのは、茶髪をオールバックに固め、丸い眼鏡をかけている、けっして若くはない人物、中年を過ぎようとしている男性だった。
黒い軍服を着た、ティーム・ブラック情報部長が立っていた。
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周囲はがれきと化した家屋ばかりである。
誰がそんなことを成したのか。
現状、その点はどうだっていい。
スフィーダは訊ねることにする。
「情報部長。それなりの役職じゃ。そして、それを務めるには覚悟が要る」
ティームは口元を緩めたように見えた。
「スフィーダ様、それはどのような職にも言えることです。なにをするにも相応の覚悟が要る。私とパン屋には、これといった差異はないのです」
「まだ化物どもが暴れていると聞いておる。そやつらを動かしているのは誰じゃ?」
「誰だと思われますか?」
「恐らくじゃが、テジロギとやらの忘れ形見ではないのか?」
「さすがです。非常に勘がよろしくていらっしゃる」
「ファーストネームについては初めて知った。先にミロス島で揉め事を起こした輩は、ジャックというのか」
「ええ、そうです。その通りです」
「マヨイという少女を捕らえた」
「それでもまだ、ルーという駒がいた」
「ルー? 駒?」
「マヨイもルーも、仕返しをしたがっていた。プサルムという国、そのものに」
「二人にばらしたのか? ジャック・テジロギを屠ったのは、わしらじゃと」
「違いありません」
「愚かな真似をしたものじゃな」
「はたして、愚かなことなのでしょうか? 私は情報を与えただけですが?」
「言わんでいいこともある」
「だが、私には野心があった」
ティームが微笑んだ。
明らかに、場違いなくらいに、優しく微笑んでみせた。
「野心とはなんじゃ?」
「こればかりは、説明のしようがありません。しかし、いや、力の限り精一杯説明すれば、幾人かは頷いてくれるのかもしれない」
「なにを言っている?」
「すべてを調べ上げ、すべてを知ったのです。ダイン皇帝は確かに最強なのかもしれない。ただ、その常識を覆すニンゲンがいるなら……。それはヴィノー閣下、またはメルドー少佐だ。私のその解釈について、スフィーダ様はどうお考えになりますか?」
「魔女とヒトとの混血と言われるダインじゃ。悠久のときを生きつつ、ヒトの性質である成長という恩恵にあずかっておるのやもしれん。その前提で攻め込んでこられたら、わしだってお手上げにってしまうのかもしれん」
「しかしスフィーダ様には無理だとしても、最大瞬間風速では勝ることができるかもしれない。くどいようですが、それを成せるとしたら、ヴィノー閣下とメルドー少佐しかいない」
「そんな二人と、おまえは今、敵対しておるのじゃぞ? あらゆる点において矛盾しているように思う。いったい、なにがしたいのじゃ?」
「強さと美しさは比例するものであると、私は考えております。スフィーダ様、私は悪しきを働き、正義たる人物に討たれたかったのでございます。凡庸な人生に、最後の最期で華を添えたかった」
「しつこいぞ。なにを言うておる?」
「ですから、強さと美しさは同義だと、私は申し上げているのです」
そこまで言うと、ティームは空を仰いだ。
彼は「ああ、迎えが来ました。本当に、なんと美しい……」と悦に入ったような声を発した。
スフィーダも上を向く。
すると、フォトンが大剣を振りかぶりながら、舞い下りてくる最中で……。
フォトンは地に下り立つなり、ティームを斬った。
左の肩口から右の脇腹にかけて、剣を振り抜いた。
「実に……美しい……」
大勢のヒトを殺し、その果てにヨシュアとフォトンを出撃させ、自らの望みを叶える格好で死した。
ティームは思いを遂げたのだ。
「さすがの戦略でしたよ、ティーム・ブラック情報部長。これはあるいは、私達の負けだ」
ヨシュアは静かに敬礼したのだった。
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三日後。
ルー・テジロギと名乗る少女が、グスタフの首都にて発見された。
地下のシェルターで、ティームからの次の指示を待っていたらしい。
「悲しい復讐でしたけれど、私は私自身の意思で父の敵を討とうとしました」
その物言いから、マヨイよりは話がわかりそうだとヨシュアに聞かされた。
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例によって夕食後の紅茶をすすっている、スフィーダである。
彼女は向かいのヨシュアに問うことにする。
「マヨイとルーは、どうなるのじゃ?」
「ルーはともかく、マヨイに関しては、少々、道徳を説く必要があります」
「もう一つ訊くぞ。マヨイとルーは、本当にあのテジロギの娘なのか?」
「よいご質問ですね」
「どうなのじゃ?」
「どうやら、彼女らもまた、ジャック・テジロギの創造物であるようです」
「それはまた、やりきれん話じゃのぅ」
「二人が生きる道を、模索しなければなりません」
スフィーダはまた、紅茶を一口飲んだ。
「情報部長の名はだてではなかったか。ティームは持っているすべてを駆使し、投じて、騒ぎを起こしたのじゃからの」
「どこの誰に訊ねても、彼は優秀だったと返ってきます。だからこそ切ない」
ヨシュアはしばらく目を閉じてから、ナプキンで口元を拭った。
言わば同僚だったニンゲンのことを思ってか、悲げな笑みを浮かべたように見えた。




