第30話 三日後には死刑。
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いかにも重厚そうな鉄の手枷足枷をつけられた囚人服姿の男が、赤絨毯の上を歩いてくる。
まだ若いだろう。
三十路には届いていないだろう。
大きな男だ。
背も高ければ、肩幅もある。
髪は短く刈り揃えられ、ひげも綺麗に剃られている。
謁見にあたり、刑務官が気を配ったということだろうか。
それとも、囚人であろうと、髪やひげを整えることくらいはゆるされているのだろうか。
男が跪く、座礼をする、スフィーダのゆるしに従い顔を上げる。
彼女は毅然とした口調で「名前は?」と訊いた。
フランクとだけ返ってきた。
続けて「用件はなんじゃ?」と問い掛ける。
すると彼は「俺……やってない……」と答えた。
「なにをやっていないのじゃ?」
「俺……恋人とその家族を殺した容疑で捕まった……」
「では、それをやっていないというのじゃな?」
「はい……。たどたどしくて、ごめんなさい。俺、ショックで、恋人を亡くしたショックで、うまく、しゃべれなくなった……」
「しゃべり方などどうだってよい。それより、やっていないなら、どうして捕まったのじゃ?」
「俺、第一発見者……。みんな家の中で……魔法で……何本もの氷の刃で串刺しにされて死んでた……。でも俺、魔法、使えない……」
「なるほど。わかったぞ。魔法が使えないというのは嘘だとされたのじゃな?」
「そういうこと、です……」
「裁判は? 開かれたのか?」
「開かれた。でも……何一つ、信じてもらえなかった……」
「判決は出たのか?」
「死刑……」
「執行はいつじゃ?」
「三日後……」
「そうか……。のぅ、ヨシュアよ」
「無理です、陛下。司法への介入はなにがあってもゆるされません」
「調べ直すこともできんのか?」
「決まったことは決まったことでございます」
「じゃが、こやつは本当に――」
「無理でございます」
「ならばどうして、おまえはこやつをわしに会わせようと考えたのじゃ?」
「スフィーダ様、俺……」
「なんじゃ? フランク」
「スフィーダ様は俺が嘘を言っていないと、信じて、くれますか……?」
「正直に言うぞ?」
「はい……」
「それはわからん。じゃが、とてもではないが、そなたは悪い男には見えん」
フランクは「よかった……」と言って破顔し、「ここに来れて、本当によかった……」と続けた。
「ありがとう、スフィーダ様。ヴィノー様にも、ありがとう。俺、これで、死ねる。もう悔いなんて、ない……」
フランクが座礼をして、立ち上がった。
身を翻し、立ち去ろうとする。
そこをスフィーダ、「待て」と呼び止めた。
「フランクよ、実はそなた、真犯人について、見当がついているのではないか?」
「……ついてる」
「申してみよ」
「俺の恋人には、ストーカーがいた。多分、ソイツが、やった……」
「その言葉すら、信じてはもらえなかったのか?」
「だって、ソイツも法廷で、魔法なんて使えないって言ったから……」
「わかった。よくわかったぞ」
「本当にありがとう、スフィーダ様……」
向こうへと歩んでゆくフランクの背を、スフィーダは起立して見送った。
そうすることが礼儀だと考えたからだった。
◆◆◆
フランクが言ったストーカー。
総力を挙げてその男を探すよう、ヨシュアを通じて警察に指示を出したのだが、見つけ出せたのはフランクの刑が執行された翌日のことだった。
男は縁もゆかりもない片田舎に引っ込んでいたのだ。
それで発見が遅れた。
だからといって、警察を責めるわけにはいかない。
なにもかも、やむを得ないことだった。
ストーカーとされた男は座礼から背を正すと「ニールと申します」と名乗った。
若い。
なかなかの美男子だ。
にこりと微笑む様子も魅力的に映る。
「ニールよ、わしがそなたをここに呼んだ理由はわかっておるな?」
「はい。とある一家の全員が殺された事件について、陛下は得心がいかない。警察の方から、そう聞かされました」
「最初に断っておこう。間違っていたら、本当にすまぬ」
「いいえ。かまいません。陛下にお会いできるなどめったにないことでございますから、実はわたくし、感動しているところでございます」
「世辞はよい。早速、訊ねるぞ。おまえは事件とは無関係なのか?」
「嘘か真か、それを陛下ご自身の目で見極められようというわけですね?」
「無関係なのか?」
「確かに、わたくしは、その一家の娘に想いを寄せておりました。ですが、殺害するなど、とてもとても」
ニールはゆっくりと首を振って否定の意を示すと、口角を上げてスフィーダを見た。
嫌な笑みだなと彼女は感じた。
「ヨシュアよ」
「心得ております」
ヨシュアが右手の人差し指を、ニールに向けた。
そして、ヨシュアは言う。
「ニールさん、よろしいですか? 今から私は指先から光の槍を発生させ、それをゆっくりと貴方のほうへと伸ばします」
「えっ、ヴィノー様、貴方は突然、なにをおっしゃって――」
「警察にはけっしてできない、否、本来、誰もやってはいけない手法で、貴方を試すと言っています」
「お、お待ちください、ヴィノー様」
「その場を動かないように。さあ、行きますよ」
ヨシュアの指先に、光が灯る。
黄金色の光が伸びる、飴細工のように。
やがて十字槍のかたちに変化した。
それにしても、実に細い光だ。
最大限、手加減しているというわけだ。
ニールの顔が真っ青になった。
目を見開いたまま、口をわななかせている。
槍が迫りゆく。
ニールの胸の真ん中目掛けて迫りゆく。
いよいよ切っ先が届こうとしたとき、ニールは、もう咄嗟にだろう、魔法を使った。
自らの前に薄紫のバリアを展開することで、槍の動きを食い止めたのだ。
ヨシュアがこしらえた黄金色の細い槍は粒子となり、ぱっと飛散した。
一部始終を目の当たりにして、スフィーダは溜息をついた。
嘆きの溜息だ、まさに嘆息だ。
彼女は左の肘掛けにゆったりと頬杖をつき、悲しみを込めた目でニールを見る。
「そなたがやったのじゃな?」
「ま、魔法が使えるからって、それだけで犯人扱いするのか!?」
「したくもなる」
「どうしてだよ!」
「なぜ、法廷で魔法は使えないと話したのじゃ?」
「そ、それは……」
「納得がいく回答を寄越してほしいものじゃな」
途端、ニールの表情が情けないものへと変わった。
深々と土下座し、「ス、スフィーダ様!」と発した。
「どうかおゆるしください! おゆるしください!」
「否。裁きを受けよ。正しき罰を受けよ」
ニールが顔を上げ「スフィーダ様ぁ……」と懇願するような声を漏らし、涙を流し始めた。
「もういいですよ」
ヨシュアがそう口を開いた。
双子の近衛兵に対して、彼は「ニックス、レックス、罪人を連れていきなさい」と命じた。
二人は揃って「はっ!」と返事をした。
ニックスが襟首を掴み上げ、ニールを引っ立たせる。
三人が大扉の向こうへと消えたところで、スフィーダ、また溜息をついた。
あと少しだった。
あと少しだけ早くニールを見つけることができていれば、フランクは死なずに済んだ。
残念でしょうがなかった。