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第30話 三日後には死刑。

       ◆◆◆


 いかにも重厚そうな鉄の手枷足枷をつけられた囚人服姿の男が、赤絨毯の上を歩いてくる。


 まだ若いだろう。

 三十路には届いていないだろう。

 大きな男だ。

 背も高ければ、肩幅もある。

 髪は短く刈り揃えられ、ひげも綺麗に剃られている。

 謁見にあたり、刑務官が気を配ったということだろうか。

 それとも、囚人であろうと、髪やひげを整えることくらいはゆるされているのだろうか。


 男が跪く、座礼をする、スフィーダのゆるしに従い顔を上げる。

 彼女は毅然とした口調で「名前は?」と訊いた。

 フランクとだけ返ってきた。

 続けて「用件はなんじゃ?」と問い掛ける。

 すると彼は「俺……やってない……」と答えた。


「なにをやっていないのじゃ?」

「俺……恋人とその家族を殺した容疑で捕まった……」

「では、それをやっていないというのじゃな?」

「はい……。たどたどしくて、ごめんなさい。俺、ショックで、恋人を亡くしたショックで、うまく、しゃべれなくなった……」

「しゃべり方などどうだってよい。それより、やっていないなら、どうして捕まったのじゃ?」

「俺、第一発見者……。みんな家の中で……魔法で……何本もの氷の刃で串刺しにされて死んでた……。でも俺、魔法、使えない……」

「なるほど。わかったぞ。魔法が使えないというのは嘘だとされたのじゃな?」

「そういうこと、です……」

「裁判は? 開かれたのか?」

「開かれた。でも……何一つ、信じてもらえなかった……」

「判決は出たのか?」

「死刑……」

「執行はいつじゃ?」

「三日後……」

「そうか……。のぅ、ヨシュアよ」

「無理です、陛下。司法への介入はなにがあってもゆるされません」

「調べ直すこともできんのか?」

「決まったことは決まったことでございます」

「じゃが、こやつは本当に――」

「無理でございます」

「ならばどうして、おまえはこやつをわしに会わせようと考えたのじゃ?」

「スフィーダ様、俺……」

「なんじゃ? フランク」

「スフィーダ様は俺が嘘を言っていないと、信じて、くれますか……?」

「正直に言うぞ?」

「はい……」

「それはわからん。じゃが、とてもではないが、そなたは悪い男には見えん」


 フランクは「よかった……」と言って破顔し、「ここに来れて、本当によかった……」と続けた。


「ありがとう、スフィーダ様。ヴィノー様にも、ありがとう。俺、これで、死ねる。もう悔いなんて、ない……」


 フランクが座礼をして、立ち上がった。

 身を翻し、立ち去ろうとする。


 そこをスフィーダ、「待て」と呼び止めた。


「フランクよ、実はそなた、真犯人について、見当がついているのではないか?」

「……ついてる」

「申してみよ」

「俺の恋人には、ストーカーがいた。多分、ソイツが、やった……」

「その言葉すら、信じてはもらえなかったのか?」

「だって、ソイツも法廷で、魔法なんて使えないって言ったから……」

「わかった。よくわかったぞ」

「本当にありがとう、スフィーダ様……」


 向こうへと歩んでゆくフランクの背を、スフィーダは起立して見送った。

 そうすることが礼儀だと考えたからだった。




       ◆◆◆


 フランクが言ったストーカー。


 総力を挙げてその男を探すよう、ヨシュアを通じて警察に指示を出したのだが、見つけ出せたのはフランクの刑が執行された翌日のことだった。


 男は縁もゆかりもない片田舎に引っ込んでいたのだ。

 それで発見が遅れた。


 だからといって、警察を責めるわけにはいかない。

 なにもかも、やむを得ないことだった。


 ストーカーとされた男は座礼から背を正すと「ニールと申します」と名乗った。

 若い。

 なかなかの美男子だ。

 にこりと微笑む様子も魅力的に映る。


「ニールよ、わしがそなたをここに呼んだ理由はわかっておるな?」

「はい。とある一家の全員が殺された事件について、陛下は得心がいかない。警察の方から、そう聞かされました」

「最初に断っておこう。間違っていたら、本当にすまぬ」

「いいえ。かまいません。陛下にお会いできるなどめったにないことでございますから、実はわたくし、感動しているところでございます」

「世辞はよい。早速、訊ねるぞ。おまえは事件とは無関係なのか?」

「嘘か真か、それを陛下ご自身の目で見極められようというわけですね?」

「無関係なのか?」

「確かに、わたくしは、その一家の娘に想いを寄せておりました。ですが、殺害するなど、とてもとても」


 ニールはゆっくりと首を振って否定の意を示すと、口角を上げてスフィーダを見た。

 嫌な笑みだなと彼女は感じた。


「ヨシュアよ」

「心得ております」


 ヨシュアが右手の人差し指を、ニールに向けた。


 そして、ヨシュアは言う。


「ニールさん、よろしいですか? 今から私は指先から光の槍を発生させ、それをゆっくりと貴方のほうへと伸ばします」

「えっ、ヴィノー様、貴方は突然、なにをおっしゃって――」

「警察にはけっしてできない、否、本来、誰もやってはいけない手法で、貴方を試すと言っています」

「お、お待ちください、ヴィノー様」

「その場を動かないように。さあ、行きますよ」


 ヨシュアの指先に、光が灯る。

 黄金色の光が伸びる、飴細工のように。

 やがて十字槍のかたちに変化した。

 それにしても、実に細い光だ。

 最大限、手加減しているというわけだ。


 ニールの顔が真っ青になった。

 目を見開いたまま、口をわななかせている。


 槍が迫りゆく。

 ニールの胸の真ん中目掛けて迫りゆく。


 いよいよ切っ先が届こうとしたとき、ニールは、もう咄嗟にだろう、魔法を使った。

 自らの前に薄紫のバリアを展開することで、槍の動きを食い止めたのだ。

 ヨシュアがこしらえた黄金色の細い槍は粒子となり、ぱっと飛散した。


 一部始終を目の当たりにして、スフィーダは溜息をついた。

 嘆きの溜息だ、まさに嘆息だ。

 彼女は左の肘掛けにゆったりと頬杖をつき、悲しみを込めた目でニールを見る。


「そなたがやったのじゃな?」

「ま、魔法が使えるからって、それだけで犯人扱いするのか!?」

「したくもなる」

「どうしてだよ!」

「なぜ、法廷で魔法は使えないと話したのじゃ?」

「そ、それは……」

「納得がいく回答を寄越してほしいものじゃな」


 途端、ニールの表情が情けないものへと変わった。

 深々と土下座し、「ス、スフィーダ様!」と発した。


「どうかおゆるしください! おゆるしください!」

「否。裁きを受けよ。正しき罰を受けよ」


 ニールが顔を上げ「スフィーダ様ぁ……」と懇願するような声を漏らし、涙を流し始めた。


「もういいですよ」


 ヨシュアがそう口を開いた。

 双子の近衛兵に対して、彼は「ニックス、レックス、罪人を連れていきなさい」と命じた。

 二人は揃って「はっ!」と返事をした。


 ニックスが襟首を掴み上げ、ニールを引っ立たせる。

 三人が大扉の向こうへと消えたところで、スフィーダ、また溜息をついた。


 あと少しだった。

 あと少しだけ早くニールを見つけることができていれば、フランクは死なずに済んだ。


 残念でしょうがなかった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 胸を劈く思いでした
[良い点] 簡単に気持ちのいい結末に持っていかないところ。 いつも起承転結が短いなかにも、しっかりついているところ。 会話の掛け合いが自然でリズムが良いところ。 [一言] 最新話まで拝読しましたが、今…
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