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全力女王!~気高き幼女は死神に見捨てられたのか?~  作者: XI


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第289話 ボウルではなく、どんぶりである。

       ◆◆◆


 ねじり鉢巻をして、純白の前掛けをつけている男が、そーっとそーっと、中腰で赤絨毯の上を歩いてくるのである。

 両手で大切そうに持っているそれは、陶器製であろう、白いボウルだ。


 ボウルの中身はわからない。

 ただ、液体がなみなみと注がれているのではないか。

 そうでなければ、慎重に歩まなければならない理由なんてないだろう。


「よいぞーっ! そこでじっとしていろ!」


 スフィーダは玉座を立ち、短い階段をぴょんぴょんと跳ねて下り、たたと駆けて男の前にまで至った。


「恐縮です、スフィーダ様」


 男は片膝をついてみせた。

 大げさに「ははぁ」とこうべを垂れるのである。


「恐縮だとか、そんなことは気にするな」

「もったいなきお言葉」

「ええぃ。だからそんなことはどうだってよい。なんというか、実に食欲をそそる匂いが鼻孔をくすぐるのじゃが?」


 スフィーダはそう言いつつ、ボウルの中を覗き込む。

 麺だ。

 麺類だ

 白くて太い面が琥珀色の液体に浸かっている。

 シンプルだからこそ映えるのは白ネギだ。

 見た目がシャープで美しい時点で、すでにポイントが高い。


「ふむ。よい香りがしていると思ったら、やはり食べ物のようじゃの。して、このボウルの中に入っているのはなんという料理――」

「ボウルではございません!」


 ねじり鉢巻の男、恐らく二十代の後半であろう男がいきなり噛みついてきたので、スフィーダは思わず、どひゃっと身を引いてしまった。


「ボ、ボウルでなかったら、なんなのじゃ?」

「どんぶりです! どんぶりといいます!」

「む、むぅ。聞いたことがないぞ?」

「二千年以上も生きていて、ご存じないんですか!?」

「キ、キツい言い方をしてくれるではないか」

「私はプサルムのニンゲンです。カナデ王国での修行を終え、この国に帰ってまいりました」

「修行? どういうことじゃ?」

「どういうことでもいいですから、まずはこれをご賞味ください!」

「じゃから、このボウルの中身はなんなのかとわしは訊いて――」

「ボウルじゃありません! どんぶりです!」

「ま、間違えたのじゃ。すまん。しかし、あまり声を張り上げるな」

「食べてください!」

「あいわかった。ごちそうになるとしよう」


 スフィーダ、割り箸を受け取った。

 どんぶりを片手で持って、空いている手で箸を使えということなのだろう。


 だが、どんぶりの大きさに対して、スフィーダの手は小さいのである。


「ど、どうやって食べればよいかの?」

「私が間違えました。どんぶりは私が持っています」

「じゃあ、頼む。しかし、どんぶりを持った感じ、もうだいぶん冷めてしまっているような気が――」

「わざわざお城の台所をお借りして作ったんです! これ以上は無理です!」

「わわっ、わかった。わかったから大声を出すのはやめてくれ」

「食べてください!」

「う、うむ」


 スフィーダ、箸は苦手である。

 普段はフォークにナイフにスプーンなので当然なのである。

 しかし、それっぽく持つことには成功したのである。

 いよいよ、どんぶりに入っている白くて太い麺をいただいたのである。


 つるっと口に入れ、咀嚼し、飲み込んでから「むっ」と唸った。

 爽やかでありつつ透明感のある香りが、口の中いっぱいに広がったのだ。


 スフィーダ、食いしん坊なので、次々に口へと運ぶ、つるつるつる。

 食べ終えると、どんぶりを失敬してスープを飲んだ、じゅるじゅるる。

 完食である。


 片膝をついたままでいる男に、「うむっ」と一つ頷いてみせたスフィーダである。


「メチャクチャうまかったぞ。なんという料理なのじゃ?」

「うどんでございます」

「ほぅ、うどん。知らんのじゃ。カナデで修業したと申しておったな?」

「うどんはカナデのソウルフードですから」

「おぉっ、ソウルフードときたか。よい言葉じゃの」

「いろいろあってカナデもたいへんでしたけれど、ついにプサルムに出店できるようになって、その一号店のあるじが私なんです」

「一号店ということは、これからもあちこちで出店するつもりなのか?」

「そこは私のがんばり次第です。プサルムで売れたら、どこの国でも売れると思いますから」

「果てはアーカム、あるいは曙光でも出そうというのか?」

「食に国境はありません」

「深い。その言葉は深いぞ」

「ありがとうございます」


 男はやっと破顔した。


「本当に深い香りがした。このスープはどうやって作って――」

「スープではありません! つゆです!」

「わ、わかった。悪かった。このつゆはどうやって作ったのじゃ?」

「昆布だしとしょうゆが命です」

「昆布? しょうゆ?」


 スフィーダは目を白黒させる。

 昆布煮しょうゆ。

 聞いた覚えがあるようで、聞いた覚えがないのである。


「昆布は昆布です! しょうゆはしょうゆです! 直伝の技が成せることなので、詳しくお話しすることはできません!」

「企業秘密というヤツじゃな。にしても、ほんにそなたは声が大きいのぅ」

「うどん屋は威勢のよさが重要です!」

「いろいろと、たいへんじゃな」

「馬鹿にされているんですか!!」

「いい、いや、そうではない」

「スフィーダ様、できればの話なのですが」

「よいぞ。申してみよ」

「調理自体は簡単なんです。ですから、ときどき、麺とつゆを持ってきて、振る舞わせていただいてもよろしいでしょうか? スフィーダ様やヴィノー様にはもちろん、食堂でもお出しできるようになれば、私は本当に幸せです!」

「それはかまわんじゃろう。のぅ、ヨシュアよ」


 いつの間にやら左隣に立っていたヨシュアに、スフィーダはそう訊ねた。


「なんの疑いを抱くこともなく出されたものを食べてしまう。私は陛下のそういうお花畑さに辟易しています」

「中身をこぼさぬようにどんぶりを運んでくる男が、悪者であるわけがなかろう?」

「ああ。まったくもって、楽観的すぎます」

「これからは気をつける」

「まるで説得力のないお言葉ですが」

「なんだってよいから、うどんをメニューに組み入れろ。城勤めのみなも喜ぶぞ」

「御意にござます」


 男が目を輝かせた。


「ほ、本当にいいんですか?」

「ダメ元でやってきたのか?」

「それはもう。オッケーをいただけるなんて、思いもしませんでした」

「そういうわりには、自信満々のように見えたのじゃが?」

「味には自信があります」

「それでよい。実際、うまかったからの」

「カナデにいる師匠にも、いい手紙が書けます」

「がんばるのじゃぞ」

「はい! がんばります!」


 ネフェルティティ、それにダインやリヒャルトも、うどんを口にする日がやってくるのだろうか。


 そう考えると、少なからず笑えた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 「うどん」ソウルフード! 私の地域は麺が非常に柔らかいのです。 うどんを通して、スフィーダの人柄が良く出ていたと思いました。 [一言] 日常的なお話も好きです。タイトルを見て?となりました…
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